その家事育児の終わりのない仕事と「働きたい!」との欲求充足のバランスをうまくとるのが難しいところだった。
台湾から帰国して1ヶ月でだいたい生活の基本リズムはできたように思うが、自宅に中国語を学ぶ生徒さんが2・5人来る他に、中国からの企業研修生が来日する際不可欠な日本語クラスの講師を商工会から依頼されるようにもなった。
これも非常に不定期なもので、2ヶ月間ぶっ通しもあれば、半年なかったということもある。
また、入選したエッセーの編集長から仕事を頼まれることもあった。
ところで、突然だが皆様に報告がある。
当ブログも限りなく現在に近づいている。
そして、2009年年末、台北のリーより「台湾へ帰って来い」宣告を受け、日本定住を試みてはいたが、来たる4月には日本を発つことになった。
そこで、新しいブログを始めることにし、私の「師匠」にもご指導いただいて、3月14日めでたくオープンにこぎつけた。
このページ右下『リンク集』の一番下、『日中英3ヶ国語教育の実践記録』がそれだ。タイトルはいささかカタいが、内容はやわらかい。 どうぞ今後、そちらを引き続きご愛顧いただけると大変、非常に有り難い。待っております!