2009年08月20日

4時起床。日本航空朝の便は満席。長い道のり、ようやく日本の我が家へ。

今朝は4時起きだった。
台北中正国際空港8:30発の便に乗るため、こうなった。
リーと結婚して約6年、今回義母が初めて日本の実家に来ることになり
5:30に家を出て、ガソリンを入れ、義母を迎えに行って桃園縣にある空港へ走った。
台湾を離れる際はいつもマイカーで行く。空港近くにリーが加入しているカード会社の営業所があり、不在中そこで車を預かってくれるのだ。そこから空港へは営業所のワゴンが私たちと荷物を一緒に運んでくれる。これはそのカード会社のサービスのひとつで、あらためて料金をとられることがなく、大変助かっている。

朝の空港は混み合う。夏休みということもあるだろう。
日本航空、朝の便は見たところ満席だった。今日の飛行時間は2時間20分、娘たちは慣れたもので、着席早々ヘッドフォンを出し、電源を入れて被ったり、冊子をめくったりと忙しい。
そして、楽しみなチャイルドミールをうれしそうに、驚くほどたくさん食べた。

関空に到着してからが長い。時計の針は1時間進む。時差1時間なり。
バスと電車を乗り継ぎ、最寄りの駅へ両親が2台の車で迎えに来ていてそこからまた約25分、5時頃やっと日本の我が家へ。
娘たちはこの田舎が大好き。まさに水を得た魚のように、疲れも見せず走り回っている。
台湾にいれば、それがあたえりまえのように思う。
しかし、日本に帰れば、こここそが「家」のようにも感じる。
いずれもそれに間違いはないのかもしれない。
私は本当に「2つの家」を持ったのだろう。
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2009年08月19日

台湾八八水災、総統馬英九指導力問われる。中国人は情、理、法。帰国準備開始。

8月上旬、南部を中心に台湾に大きな被害をもたらした台風8号。
奇しくもこちらの父の日、8月8日にそれは起こり、「八八水災」と名づけられている。総統、馬英九の迅速なる指揮、行動力の欠如までもが今なお連日メディアをにぎわせている。
リーも残念そうに言う。欧米では「法、理、情」の順に社会的な物事は進められるのだろうが、中国人の世界では「情、理、法」なのだ。50代後半になる馬英九がまだそれを十分理解せず、特に野党民進党支持者が多い南部の人々の心を癒やし、つかむような指導力を発揮できなかった。それなら総統府に六法全書を置いておけばいいじゃないか、と。

私も残念である。まず、人情、道理、そして法律を重んじるのが中国人というのもわかる。
被害を受けた人々の心身の傷が一日も早く治まり、馬英九がこれを教訓に、情厚い実行力のある総統に生まれ変わることを願う。

さて、とうとう明日台湾を発つことになった。
思えば40日間なんてあっという間だった。
昨日は午前中蔡老師が来宅、4回目の二胡レッスンを受け、午後から荷造りを開始した。特に長女のランは日本へ帰るのを楽しみにしている。娘たちの中国語は期待に反して上達しなかった。
なぜか。
幼稚園に行かなかったからだ。1ヶ月半だけでもこちらの幼稚園に通わせれば速かっただろうが、多くの時間を姉妹2人で過ごすことになり、結局日本語の環境が出来上がってしまったわけである。
まあ、仕方ない。日本へ帰ったら、また私は中国語で話し、中国語のCDやDVDをメいっぱい利用しよう。

さっき二胡を練習した。
そして、台湾に置いておくその二胡をケースにしまう。悲しいなあ、、
長期的に弾かないので、週に一度はリーにケースを開け、外気にあててもらう。

この「2009台湾夏報告」をご覧いただき、心から感謝申し上げます。
台湾での写真は帰国後掲載できると思います。
また、当ブログは7月10日に中断した内容に戻ります。我が家4人がまもなく韓国ソウルに移り住む場面です。
今後とも変わらぬご愛顧をどうぞよろしくお願い致します。
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2009年08月18日

保久乳消費量多し。台北は便利商店(コンビニ)王国。台湾のパン、ケーキもなかなか美味。

娘たちの今日の朝食は、保久乳、トーストとマンゴーだ。
保久乳とはいわゆる「常温保存可能牛乳」のことで、この種の牛乳の消費量は、日本より台湾の方がずっと多いように感じる。
リーは「鮮乳」の方がいいと言うので、ふだんはあまり保久乳を娘たちに与えることはないが、帰国が近づいたので、200mlずつパックになった保久乳は見当がつけやすいし、携帯にも便利なのでこちらにした。味は鮮乳よりマイルドな感じで、母子ともにとても好きだ。
台湾には、チョコ味、りんご味、木瓜味の牛乳もポピュラーだ。

それから今朝の食パンは昨日セブンイレブン(7-11)で購入したものだ。2枚入りの食パンが欲しかったし、それがあるのはコンビニだけなのだ。
台北に来られた方、お気づきだったでしょうか。
台北は実に「コンビニ王国」。7-11とファミリーマートを中心に石を投げればコンビニに当たると信じ得るほどある。(だが、ローソンは一軒もない)
たとえば、私が昨日行ったランの音楽教室のそばにある7-11、道路を挟んだ目の前にファミリーマートが営業している。
また、そのファミリーマートから、約100m離れた別の7-11が見える。こういうことはたいしてめずらしいことではない。撤退しないということは、そこでやって行けるということだろうから、老婆心も余計なお世話だろうが、感心すらする。

台湾には「パン屋」も多く、ケーキ、お菓子も一緒に製造するのがほとんどだ。各店独自の味があり、何度か食べているうちに好みの店がわかってくる。
洋菓子が苦手な私がケーキを買うことはめったにないが、見ているとショートケーキは50元台が多い。小ぶりな方だが、200円はしない計算になる。
誕生日などにいただくホールのケーキは日本並みに値が張る。日本では見かけない派手な色がついたケーキも多いが、それを嫌う人たちも増えたのだろう、シックなものしか置かない店も現れている。
posted by マダム スン at 09:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 2009台湾夏報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月17日

朝、郵便局や市場に歩く。お茶と3種の果物を持ち、五指山、国軍忠霊殿へ義父の墓参りに。

今朝7:45に家を出て、数品日本に買って帰りたいものを24時間営業のドラッグストアで買い求め、8時から開く郵便局へ行き、5元(約17円)の切手を2枚購入した。台湾の知人に写真を送りたく、手紙を書いた。台湾国内の封書は5元、ハガキは2.5元である。
それから朝市へ歩く。
自宅最寄りの例の朝市は基本的に、肉、魚すべてと多くの生ものや野菜を売る店は毎週月曜日が休みだが、面積から言えば半分ほどの店は営業する。
リーに「3種類果物を買って来て」と言われた。今日はそれだけ買えばよい。
何軒か果物を売る店が出ている。何度か来たことがある、豊富な品揃えの一軒に決める。マンゴー、木瓜、巨峰にする。175元なり。台風後、果物も値が上がった。

帰宅後、私は二胡を弾き、9時に家族4人マイカーで出発。台北縣汐止市を目指す。そこの五指山という山に義父が眠る。さっき買い帰った果物は助手席に。台湾では墓参りに果物やケーキ風パンなどを持って行くのが一般的である。パンはなしにしたが、リーはお茶をたて、ミニポットに入れた。

外国人が称する「台北」はおそらく「台北市」を指していると思われる。台北市はいわゆる政令指定都市で、その周りに10近い市を有する台北縣があるわけだ。私の自宅があるのはその台北縣の方ある。
何度か記したように、義父は軍人だった。軍人は公務員で、社会的地位は高いほうだったと言える。
それを証明するように、退職金や年金はひと昔前の日本の公務員のように良く保障され、義母が現在も住むアパートは国から与えられたもので、義父亡き後も配偶者の義母は生涯家族年金を受け取れる。60歳を過ぎた女性がひとり生活するには悪くない金額だ。

汐止市の五指山は緑まばゆい高い山で、その頂上に「国軍忠霊殿」が建つ。陸軍上校だった義父の位牌はそこに安置されている。
家族そろっての墓参りは久しぶりだ。台湾名物といえる50~60cmある長い線香をリーが代表して供える。持参したお茶と果物も並べ、4人手を合わせる。
義父は赤ちゃんだったランを数回抱いただけで、メイは台湾の祖父が逝ってから生まれた。
今日義父は、だいぶ「お姉ちゃん」になった2人の孫娘を見てとても喜んでくれたと思う。私も義父のそばに来られたようでうれしかった。今でも生きてくれていたらどんなによかったかと思う。大好きだった義父を想うとまた泣けてきた。

長く細い線香が半分以下になった頃、もう一度手を合わせ、果物を片付け、帰路についた。
片道約1時間。近くはないが、心安らぐよい時間だった。
帰り、娘たちは車中でうたた寝。ちょうど正午に帰宅。

午後3時には、台湾での夏休み最後のピアノレッスンにランを連れて行く。
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2009年08月16日

歩いて眼科へ。夜は外食でアヒル。台湾で一般的な食肉は、牛、豚、鶏のみならず。行列のできる豆花屋へも。

帰国まであとわずかとなり、「やっておきたいこと」を慎重に考えてひとつ一つ実行する今日この頃だ。
昨日は忙しかった。せっかちな性格ゆえ、思いついたら少々きついかなと感じつつもスケジュールを組もうとしてしまう。
午前中はまず眼科へ行った。私はもともとアレルギー性結膜炎があるがここ1~2ヶ月どうもそれらしき症状が悪化し、治らない。
自宅から徒歩圏内に2軒眼科がある。昨日受診したのは、小児科と併設されており、ランたちのかかりつけの医師がいてよく通ったところだしそちらの方が待ち時間が少ない頼眼科だ。
案の定、持病の悪化だった。ひとり前の患者を待っただけで、すぐ診てもらえた。診察料は2種類の目薬代を含めて150元(約500円)。調子がどうも良くない、やっぱり台湾にいるうちに診てもらおう、と思う理由はここにある。

その後、近くの農会という日本で言えばJAみたいな団体が経営しているこじんまりしたスーパーで買物をする。台風の被害で高騰した野菜の中で、その日特売品の空心菜はふだん並みの13元(約43円)と奇跡的に安く、迷わず購入。他の葉ものは30元以上する。
暑いので冷奴用に豆腐やカツオ節も。台湾は豆腐の種類が豊富だ。ちなみに「遺伝子組み換えでない大豆」を「非基因改造黄豆」と表示してある。

午後は、もう一度会っておきたかった知人宅へ娘たちとおじゃまし、帰宅すると5時になっていた。帰りはリーが車で迎えに来てくれた。
そして、私も疲れているし、週末よくあるように夜は外食に決まる。
飲食店が多い地域までとにかく行くことにする。4人で歩いていて、ゆうべはかなり早く意見が一致、「我」の右側に「鳥」と書いて(日本語で変換できない><)「アヒル」の意味になる。その店に決定した。
台湾では、牛、豚、鶏の他に、このアヒルや、鴨、羊も日本よりずっと一般的に食する。常連の牛、豚、鶏とちがって、後者3種はちょっと「専門店」的な存在だが、めずらしい!という感覚もない。
昨日はアヒルのレバーもいただいたが、鶏より柔らかくとても美味であった。

リーが冷たい豆花をデザートに食べて帰ろう、と提案し、行列のできる豆花屋でかなり待った。人気がある理由は、すべて手作りで、甘いシロップの汁ではなく、日本で言う豆乳をベースにしているからのようだ。ランとメイはすごい勢いで舌鼓を打った。やさしいおいしさのある豆花だった。
そして、長い土曜の外食ディナーはようやく幕を閉じた。は、疲れた。
しかし、ママはまだ休めない。
帰宅後には洗濯、娘たちのお風呂入れなど「お役目」が待っている。
でも、充実した一日に感謝。
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2009年08月15日

台湾でも起こる「崖の上のポニョ」現象。日本のアニメキャラクターも中国語をしゃべる。

今、リーと娘たちは自宅のテレビで「崖の上のポニョ」を観ている。

おとといのことだった。一家4人で隣りの大型ショッピングセンターに買物に行った際、家電製品売り場を回っていた。
すると、薄型テレビの鮮明な画面に去年末の紅白歌合戦の大橋のぞみちゃんがポニョの主題歌を歌っている場面が流れていた。
日本で大ヒットした歌や映画やアニメは必ず台湾にもやって来る。
7月台湾に帰ってまもなくリーの会社に行ったが、彼のある同僚の着メロはポニョのその主題歌だったし、ランが去年まで通っていた幼稚園のイベントに参加したら、オープニングはいきなりその耳慣れた音楽がかかり、子供たちが踊り出したものだ。台湾でも「ポニョブーム」が起こっていた。

去年夏、帰国し、ランが日本の幼稚園に入った時にも、「崖の上のポニョ」は園でたびたび話題になって、彼女も歌を覚えて帰って来たが、ちょうど日本で映画がヒットした頃はまだ台湾にいたため、ランもメイもまだちゃんと観たことがなかった。また、リーもいたる所でポニョに会うようで、興味を抱いていたおかげで、電化製品売り場からDVD売り場へ突進したというわけなのだ。
そして、果たしてそのDVDは見つかり、我が家にやって来た。538元だから、1700円くらいだろうか。
台湾で買うとよいのは、日本語(中国語字幕付き)と中国語バージョンが一枚におさまっている点だ。今、リーたちは日本語で観ているが、帰国したら娘たちには中国語で観せる。

ドラえもん、ちびまるこちゃん、クレヨンしんちゃん、アンパンマンなどももちろん台湾で人気がある。そう、それらのキャラクターはここでは中国語をしゃべっているのだ。^^

他に、台湾で人気のある番組といえば「どっちの料理ショー」などのグルメ番組や、温泉地、観光地を旅する紀行番組だろうか。NHKの多くの番組以外は、1年以上遅れて放送されることがほとんどだけど。
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2009年08月14日

パスポート無事交付。帰りは「南京東路」駅から地下鉄で。市場で買った水煎包で昼食。台湾はベジタリアン多し。

台北はバスの路線が充実している。だが、時刻表はない。
本数が多い路線とそうでないのがあり、本数が多く、ほとんど待たずに乗れることを中国語で「好等」と言う。この場合「等」は「待つ」という動詞だ。
今朝は娘たちと超「好等」の307のバスに乗った。7月末申請していた彼女らの2冊目になる日本のパスポートを交流協会台北事務所に取りに行くためだ。
9時前に家を出た。まだラッシュの時間に当たり、より遠く感じる。台北は恒常的な渋滞と駐車場不足に悩まされる街なので、今更どうこう言うことでもないのだけど、、、、、

「南京復興路口」の停留所で下車、やっと到着。兄弟大飯店のすぐ前だ。そこから5分ほど歩くと交流協会がある。
昨日一応電話で確認したが、少し緊張する。パスポート受領時に必要なことは、所持人本人が行くことと、おつりの要らないよう申請料を用意することだ。
幸い、何事もなく、無事新しいパスポートを手にする。よかった。

交流協会のある一帯はビジネス街で、飲食店や銀行、デパートなども豊富にあるが、4歳と5歳の子供を連れては結局どうにもパッとした楽しみ方は思いつかない。
まあ、とにかく、往路とは異なる地下鉄を使っての移動に決める。すぐそばに「南京東路」駅がある。
いろいろ考えたが、娘たちも疲れ気味だし、「頂渓」駅まで行くことにする。そこからは自宅まで近く、バス一本で帰れる。ちょっと足りなそうな食材も、そこに立つ朝市で補充することもできる。
しかし、地下鉄は現在どんどん拡張工事を進めており、便利になったが複雑に入り組んでいて、直線距離にすれば短くても、遠回りするようなじれったさを感じる場合もある。
今日はまさにそのパターンで、2度も乗り換え、ようやく目的駅に着いた。ラッシュ時さながらに混み合うし、乗り換え時にさんざん歩かねばならなかった。

頂渓駅まで来れば、もう自分の庭の気安さがある。
市場で筍、豆腐、豚の挽き肉、そして、今日の昼食にしようと水煎包を5個買う。水煎包は、油でまず焼き、水を加え蒸したいわゆる肉まんのようなもの。一個10元(約30円)。たまに食べたくなる。
今日買い求めた水煎包は「素食」のもの。「素」とは殺生せずに食べられる食材を用いた意味で、早く言えば菜食、ベジタリアンフードだ。台湾には仏教徒を中心に多くのベジタリアンがいるので、「素食」の看板を至る所で目にする。
ベジタリアンにもいろいろと段階があり、厳格な人だと卵も牛乳もにんにくも口にしない。肉と同じ鍋で煮たものも食べない。

正午前帰宅。
久しぶりの水煎包。娘は何もつけずにおいしいと食べたが、私は何か物足りなさを感じ、キムチを添えた。しょう油やカラシでもいいだろう。
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2009年08月13日

台湾の紫外線は強烈?! 蔡老師引越。首都、台北の住宅事情。

台北はまた最高気温35度と予報が出る酷暑が戻って来た。
私は、女の敵、シミが非常にできやすい厄介な体質だ。
ところが、この1年日本に帰って感じたのだが、シミが薄くなったというか、少なくとも増えなかった。これはやはり、台湾の紫外線の方が強烈か、またはそれが注ぐ期間が長いのではないかと推測している。
よって、今回台湾に帰ってからは、外出の際紫外線防止機能が施された日傘のみならず、紫外線カットする帽子も被った重装備を励行している。面倒くさいがしようがない。この「お国柄」か、レーザーでのシミ治療は大変一般的だが、そうなる前に食い止めたい。

さて、今日、二胡の蔡老師は引越をしているはずだ。
彼女はプロテスタントの信者で、学生時代からその教会が運営する寮で暮らしていたが、社会人としてただ一人の寮生の彼女に、先日「すべて学生のための宿舎にしたいので、他に部屋を探してくれないか」と言われたのだ。
蔡老師は泣く泣く部屋探しに奔走した。
そして、先週ようやく新居が決まったのだった。

台北駅にほど近い、地下鉄中山駅付近で、ワンフロアにいわゆるワンルームが4部屋、お手洗いは共用で1ヶ月6000元。
学生街などでは3000元台からあるが、中山駅付近だと市中心部と言え、便利だし、洗面所は共用でも6000元なら安い方ではないかと思う。
私の留学生時代の部屋は、台北市内ではなく台北縣内で洗濯機共用だったが、それでも6000元した。台北市内の方が家賃は高いものである。
上を見れば、ワンルームで15000元なんていうゼイタクなマンションだってあるがそれにしても、いわゆる首都でワンルームが約20000円くらいで借りられるのはありがたい。東京でなくても、日本の多くの地域では考えられないだろう。

ちなみに、外国人でも簡単に部屋は借りられるが、購入する場合は台湾人の保証人が必要である。
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2009年08月12日

アンパンマン油絵、作者から贈呈。台風後の市場へ。台湾で「1斤」はいくら?

ウクレレ青年は、ランとメイ、それぞれにアンパンマンの油絵を贈呈し音楽教室の面々に惜しまれながら、今日朝「当兵」のため、列車で台中へ行った。
2枚の絵を娘たちが胸の前で持ち、彼と記念撮影もした。絵にはサインも入っている。
入隊前の超多忙時に、朝4時までかかって描いてくれた油絵。日本の家に飾り、大切にするぞ。

さて、今日は久しぶりに市場へ買出しに行った。肉、魚類がなくなったのだ。
野菜の産地を台風が通過すると、影響や被害の度合いが正直に価格に反映する。大型スーパーでも品薄、価格高騰が顕著だったので覚悟して行った。
覚悟はしていたが、やっぱりこう高いと決断が鈍る。
たとえば、ふだん一束10〜15元の葉モノ野菜が20〜30元、地瓜という、日本で言うさつま芋も倍の値段になっている。キュウリもほぼ倍、大き目の1本を買うと20元もした。
それでも必需品の食料、買わないわけにはいかない。

その後、豚肉屋へ行った。リーは、豚や鶏も被害を受けたと話していたが、肉の方はいつもと変わりなし。ホッ。
そして、今回の台湾滞在で一度は食べたいと思っていた心臓を手に入れる。前回来た時はもう売れていたのだ。140元。
大人2人、幼児2人の我が家だと、半分に割り、片方は冷凍保存し、2回味わえる量である。
簡単かつおいしい食べ方は、フライパンに油を敷き、ショウガの千切りをまず炒め、そこへ適当な厚さ、大きさに切った心臓を入れ、しょう油のみで味をつけながら十分火を通す。
これだけである。
コチコチした歯ごたえで、香ばしく、娘たちも喜んでまず心臓ばかり食べていた。

めったに自分で買い、調理することはないが、豚の腰肉もまたちがう食感で美味。リーは豚の耳も好きだ。

昨日は日本では獲れない、台湾ではなじみの魚も一尾100元でゲット。
麺屋でラーメンのようなタイプの麺も。
あ、ちなみに台湾ではよく「斤」という字を見かける。
「1斤」が600gである。台湾にいらっしゃる方、覚えておいてくださいね。
よって、私は「今日は挽き肉を半斤欲しい」などと言って市場で買物を進めるのである。
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2009年08月11日

台風、地震、台湾も自然災害に泣く島。移民、移住に夢託す。徴兵制度にまつわる物語も多し。

台湾南部、高雄縣の小さな村が土石流に埋まり、推定で600人ほどの村民が救助を待っている。
日本で、ここでも書いた台東の温泉地、知本のホテルが倒壊する映像が流れたそうだが、台風8号がもたらした被害は甚大で、今も続いている。
今朝、静岡県で地震があったが、台湾も地震多発地帯である。自然災害に苦しんできた島なのだ。
そして、かつての国民党と共産党の闘いから中国との関係は周知の如くで、台湾はいまだ国際的に微妙で脆弱な立場にある。
そういう背景があるためか、「息子がアメリカの大学を卒業して、そのまま向こうで仕事をしている」とか、「姉夫婦はオーストラリアに移住した」とかいう話を数え切れないほど聞いてきた。もっと大きな土地、市場、暮らしやすい環境、可能性を求め外地を目指す思いが、日本人より強い気がしてならない。
かく言うリーも、姉も弟も大学卒業後、3人とも渡米し修士号を取った。まあ、彼の家族の場合、そんな大それた気持ちはなかったとしても、軍人という公務員の家庭で、よくぞそこまでやりくりし、子供たちの進みたい道を拓いてやった義父母たちに頭が下がる。
台湾?
こんな小さな島をよく知らない人は世界にゴマンといるはずだが、そこにも歴史があり、文化も悲哀も夢もある。
英文科を卒業し、英語圏での活路を模索していた私がこのアジアの小島と深い縁を持つことになった自体、不思議だが、縁を活かせるか否かは私次第、心して生きねばとあらためて感じる。

今日午後もランの音楽教室へ行く。
昨日レッスンは終わったが、ランたちにアンパンマンの簡単な油絵を描いてやると言ってくれているウクレレ青年が、このところ多忙で、今日やっと手渡せると言ったのである。明日は「当兵」、入隊日。朝早く台中入りだ。

1ヶ月の訓練後、なんとくじ引きで赴任地が決まる。実家のある台北だとラッキーだが、離島の可能性だってある。
昔と比べて休みは取りやすく、交通もずっと便利になったとリーは言う。
よって、「当兵」がもとで恋人同士が別れるというのはオカシナことで、いくら何ヶ月間も会えなくても2人の愛が深ければびくともしないし、ひどい場合だと「当兵」を口実に女性がバイバイして去ってしまう。男子の「当兵」中の別れは、すべて女性側から、と言っても過言ではないとリーはここぼした。
そういうことなのか。そうなんだろうなあ、と私も頷ける。
日本にない徴兵制度をめぐる物語は実に豊富だ。
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2009年08月10日

被害残して台風去る。日本から派遣された友人夫妻との再会、駐在員の今。

今日台北の予想気温は27〜31度。
台風接近時からゆうべまで、夜、室内も29度止まりと涼しく感じる。
思った以上に今回の台風は強烈だった。
台東の有名な温泉地では川辺のホテルが地盤が緩み全壊するし、最大雨量が2900ミリを記録した地域もある。水不足が嘘のように吹っ飛んでしまった。
昨日、台北はすっかり風は止んだが、ほとんど終日雨が降っていた。そんな中、午後私は262のバスで市内へ行き、「審計部」で降りた。台北駅に近い中心部だ。そこに、二胡が縁で知り合った日本人夫婦が住むマンションがある。

ご主人が日本企業から派遣され、台湾で半導体に関する仕事をしている。奥さんは元同僚で、30そこそこの2人は新婚だ。台湾に来て2年ほどになる。会うのは約1年ぶり、3時間あまり話が弾んだ。
ご主人曰く、ここ1年ほどで台北に派遣されていた日本人(家族)が帰国した事例は結構多い。不景気ゆえ、カットできるところから出費を抑えるのだ。
海外に派遣されると、家賃、光熱費などを会社が負担する場合がほとんどだ。昔聞いたが、台湾に駐在する日本人社員(とその家族)もかなり良い待遇で、リッチな生活を送る人も少なくないとのことだった。それを維持することが難しくなったのだろう。

買物に出るという2人と一緒にバス停まで歩き、別れた。雨は依然降っていた。

今日、午後は「二泉映月」3度目、蔡老師の二胡レッスンがある。ランもピアノレッスンの日だ。
昨日会ったご主人の方が二胡を習って1年ちょっとになる。だが、なかなか熱心な良い先生にめぐり会えず、今の先生で既に4人目だそうだ。トホホ、、、お気の毒に、、、、、
その点、私は4年間蔡老師ひとりに世話になってきた。先生を替えたいなんて考えたこともない。本当にラッキーだった。
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2009年08月09日

「酒井法子疑吸毒」報道にぎやか。両呉老師は姉妹で、その父親が音楽教室オーナー。待望の「録音筆」購入!

台風の影響はまだ残っている。台北の現在の空も曇っていて、雨が降りそうな気配だ。予想気温は27〜31度。
ここ数晩は就寝時に室内30度を切る。2度でもちがったらかなり身体が楽に感じる。

酒井法子は日本人で初めて台湾でコンサートを開いた歌手らしい。
最初、インターネットの報道で知ったが、ほぼ時を同じくして台湾のマスメデイアもこぞって「酒井法子疑吸毒」などと報じている。
日本人が思っている以上に、台湾は日本の社会、芸能に敏感で、興味を抱いている。台湾でもかなりの有名人ゆえ、注目度は高い。

さて、昨日午後からは、リーとメイは午睡。私とランは外出となった。
音楽教室は週末も開いていて助かる。また30分間ピアノを借りる。
ランが呉老師に習っているテキスト以外のもので、私はぼちぼちト音記号などを説明し、音階を教えている。
30分経ち、個室から出てきても教えていると、受付女史役をしていた呉老師が、2階へランを連れ出し、可愛い教材で遊戯をするように音階を教えてくれた。

そして、昨日知ったのだが、その呉老師の姉(もちろん呉という姓なのだが)がそこのいわば校長だった!(曾受付女史、早く言ってよ、、)その姉妹は、中学校から大学院まで音楽科を修了し、経営不振だった前の教室の事情を知り、彼女らの父親が投資を決意、オーナーとなったらしい。
若い校長、充実した、これまた若く精鋭揃いの教授陣。
「益々の成功を祈るわ。」
と教室をあとにした。

その後、近所の「全国電子」という家電チェーン店にランの手を引いて行く。ICレコーダーを見るためだ。去年まで何とか使えていた、年代モノの携帯カセットレコーダーはついに引退せざるを得なくなったのだ。

上等でなくてよい、容量も多くなくてよい。機能もシンプルでいいのだ。
で、めでたく予算内で台湾製のを購入できた。去年から欲しかった中国語名「録音筆」。
いちばんの目的は、今、蔡老師に必死に習っている「二泉映月」を完璧にマスターするためだ。蔡老師の演奏を録音すれば、日本に帰っても安心である。去年まで台湾にいた時も、古いレコーダーで老師の演奏を録音しては何度も聴いて練習していたのである。
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2009年08月08日

台風、ほとんど台湾を離れる。ランとバスでちょっと遠くの市場へ。8月8日、台湾は父の日。

にぎやかな夜だった。
ふだん聞き慣れない音が外から家内から聞こえ、リーは窓の隙間から雨が吹き込んでいないか、雨漏りしていないかチェックしていた。
今回の台風の猛威は、台北で昨日午後から今日正午頃までと聞いていたので、今朝起きてみるとうっすら晴れ間まででる静けさに驚いた。
風も強かったが、短期間に猛烈な雨が降り、水不足は一気に解消、洪水が発生した地域まであった。

私の次に、ランが起きてきた。リーとメイは安らかな寝息をたて、7時を過ぎても熟睡中。
ランはさっさと食事するし、トイレと歯磨きの朝の業務も早々と済ませたので、私は彼女と市場へ行くことにした。
だが、今日行ったのは、いつもの最寄りの朝市ではなく、頂渓という地下鉄の駅をほぼ中心に広がる街にある市場だ。バスで往復20〜30分かかるが、時々出かける。そこに子供服の店があるのを見つけて以来、気に入って、頂渓の市場へ行こうと思う時は、娘たちの衣類を見たい時がほとんどだ。

念のため、ランの雨具をリュックに入れて行く。
706のバスで到着すると、8時半頃で、すでに多くの客でにぎわっている。
まず、目当ての子供服の店に行き、ランと相談しながら夏から秋物をいくつか決める。やはりここでは好みのが見つかる。価格帯も広く、選びやすい。

その後、活きのいいサンマが目に入る。以前ここで書いたように、台湾で見るサンマは北海道からの冷凍輸入モノだと思ってよいが、どうもパッとしないものもある。
しかし、今朝見たそれは色艶がよく、油が乗り、豊かに肥えていておいしそう。リーの好物でもあるので買うことにする。4尾50元(約170円)。安い時は1尾10元のもある。だいたい、サンマはこれくらいが相場だ。

何か野菜を、と物色し、茄子にする。台湾の茄子は長さ30〜40cm、直径2〜3cmと、日本とは異種の棒状だ。味は変わらない。今日は2本で20元だった。
最後に、あれば欲しいなあ、と思い描いていた物に極めて近い秋冬ものの私の靴にも遭遇! 満足な市場巡りとなった。

帰りは、まだ残る台風の影響らしき雨が降り始めた。ランの雨具をバスの中で着せる。
10時前、無事帰宅。
8月8日は父の日。8(バ)8(バ)の日なのだ。そうそう、さっきバス停そばのベーカリーでミニ黒糖ケーキを買って来た。ああいうタイプなら、リーも食べるだろう。
それと一緒に、娘たちと密かに用意していたささやかなプレゼントをババに渡す。

父親節、台湾は今日この祝いで盛り上がる。
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2009年08月07日

台風襲来!台湾北部東部、学校、企業、公的機関は休み。ウクレレ青年はまもなく「当兵」へ。

金曜日の朝だが、リーはまだ家にいる。
雨と、時々唸り声を上げて吹く強風の音だけで、静かだ。
思っていたより台風が早く台湾に接近し、昨日午後5時には早々と台北の「不上課不上班」が確定した。学校、企業、公的機関の休校、休業を行政が決定するのである。外出が危険なレベルになることが予想されるための、台湾ではおなじみの措置だ。

この措置を決定するのも難しいようである。あくまで「予想」で事前に行わねばならないからだ。
今日などは本当に風雨が激しく、外出が怖いと感じるので「当たった」
が、雨も早々に止み、晴れ間まで出てきて、家にいて暇を持て余す人々が近くのスーパーなどに押し寄せることだってあった。

貯水量が減り続けていた台湾にとっては待望のまとまった雨量が見込めるが、こう、閉じ込められるとつまらない。まあ、一日くらい食料は何とかなるが、散歩が趣味のひとつである私には、外の空気が吸えないのはかなりつらい。なんとか、今日を有意義に、快適に過ごす方法を考えよう。

さて、うちの電子ピアノは直ったものの、ランはホンモノの大きいピアノを弾きたがる。教える私も、音楽教室で時間を決めてピアノを借りている方が集中できてよいため、昨日午後は3人で出かけた。
先日ここで紹介した、大学院で美術専攻していたウクレレ青年とまた会った。どうも、彼はほとんど毎日教室に来ているようだ。
そして、昨日は、彼が来週には「当兵」に行くことを知った。台湾には依然徴兵制度があり、特例以外の成年男子は服役を義務付けられている。リーももちろんお役目を果たした。

現在は期間が短くなり、ウクレレ青年は1年だけでいいんだ、とケロッとしている。訊けば、最も人数が多い陸軍だそうだ。まず、一ヶ月台中へ訓練に行き、その後ちがう地へ配属されるらしい。
1年だけとは言え、大変だろうと同情する。規律は厳しいと聞くし、交際していた彼女が、彼の不在時に別の人と、、、という話もめずらしくない。

何はともあれ、ウクレレ青年は持って生まれた楽観的性格ゆえか、さほどこの出役を気に病んでいないようで、こちらが慰められる。台湾男子には、「あたりまえの務め」として、幼い頃から準備ができているのかもしれない。

彼は7月上旬、大学院を終了し、当兵までの一ヶ月あまりの間、音楽教室で働いていたわけだが、その限られた期間に私たち母娘との出会いが用意されていたことになる。縁とはおもしろいものである。
当兵へ行く前に、娘たちに簡単な油絵をプレゼントすると言う。
そこで、ランたちが大好きなアンパンマンとその仲間たちを描いてもらうことになった。私も楽しみだ。
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2009年08月06日

マネーロンダリング警戒!未成年の「開戸」は多難。台風を待つ台湾。

今朝は9時になる頃を見計らって、徒歩5分余りの台湾銀行へ娘たちと行った。リーが娘たちに口座を設けてやろうと決め、私にその任務を託したのだ。
銀行口座を作ることを中国語で「開戸」という。日本ではどうなっているか知らないが、台湾では未成年の開戸、特に7歳未満のそれはとても厳密に審査され、手間がかかる。親の身分証、健康保険証、戸籍謄本のような書類、印鑑などなどに加え、銀行指定の数種類の書類に記入し、その窓口で親子ともども写真を撮られ、通帳が出来上がるまでに一時間半かかった。ランとメイ、2人分とは言え、大仕事である。これでもATM用カードなどの手続きを省いている。
幸い、娘たちは思ったより辛抱強く待っていてくれて助かった。

これだけ開戸に厳しいのは、「洗銭」などの違法行為を防ぐためらしい。中国語で「洗銭」、いわゆるマネーロンダリングである。
童という、珍しい姓の若い男性職員が担当してくれたが、見ていて頭が下がった。少しでも不明なことがあると、上司に内線で尋ねているし、あちこちの書類に何度も印鑑を押し、パソコンに何やら打ち込み、通帳取得までの段取りを整えてくれた。謝謝!

さて、その銀行と食料品買出しからの帰り、雨が降り始めた。
沖縄近辺にいる台風が台湾に接近している。明日あさって、最も影響を受けそうだ。(ちなみに、台湾もアメリカのように、台風には女性名をつける。ジェーンとかグレースとかだ。)
しかし、雨不足が続く台湾。防災対策はしっかりするとして、この台風による水の恵みを期待している。
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2009年08月05日

市場へひとり喜々として出かける。台湾製の下着は優秀と言える。暑さに耐えうる夏服ゲット。

緑豆の話をしたが、日本でも多くの場合ほっこり甘く炊く白豆を「花豆」といい、豆腐のデザート豆花や、かき氷にそえたりする。
あと、ピーナッツを「花生」といい、揚げたり、塩辛く炒めたり、煮込んで冷まし、キュウリやニンジンと合わせサラダ風にしたりと、日本より身近な食べ物だ。
また、ハトムギは白米を炊く時に一緒にいれたり、上記のようにスイーツのトッピングの常連でもある。

今日リーは家の電化製品の一斉修理や、金融機関などでの用事がたまり休暇を取ったため、娘たちを彼に預け、ゆっくり市場へ出かけることができた。
市場は結構広く、なかなか自分のペースで歩けないほど込み合うことがほとんどで、幼い娘たちを連れては実のところ不便で危険も伴う。
よって彼女らを伴っている時は、今日必ず必要なものをしっかと買えば退散する。今は暑いし、長い買物に娘たちをつき合わせるのもかわいそうだ。まだ、4歳や5歳の子供がいて楽しいような場所でもない。

ハハハッ。
だが、今日私は自由の身。
あまり長時間はリーに悪いが、一時間くらいならじっくり見たい物を吟味できる。食料品は野菜と果物だけでいいし。

ずっと欲しかった夏服を見て回る。まず、ランにいい七部丈のデニムパンツをゲット。ここでは暑いが、これなら秋から幼稚園に履いて行ける。
大人ものの衣類もたくさんのブースが出ていた。今日は下着専門も多かった。台湾製の下着はなかなか質がよい。今度いらしたら、綿100%の台湾製の下着を探してみてください。下着売りの大将や女将は「それはちょっと安いよ、大陸のだから」などとよく言う。大陸とは中国のことだ。たしかに触って比べると、台湾製の方が丈夫で肌触りが良い。

さて、私の夏服だが、デザイン、サイズももちろん重要だが、この猛暑に身につけて心地好いか否かがポイントになる。暑くて着ていられない服は、見た目が良くても失格。

なんとか今日はやっと快適そうな南国でもok服を手に入れることができた。韓国製と台湾製。近年、大陸、香港、ベトナム、インドネシアなどに加え韓国製が増えた。これも韓流のひとつだろうか。
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2009年08月04日

台湾のスイカは黄緑色皮の繭玉形が主流。かつて暮らした新店市へ知人を訪ねる。緑豆は夏場にどうぞ。

台風が東シナ海上にある。台湾にはまだ遠いが、その影響かと思われる湿った暑さ、強風、にわか雨で、昨日は7月11日来台以降、最も暑く感じる一日だった。もう、暑いと言うより、つらいのだ。
メイよりはるかに暑がりなランはスイカ好き。昨日は他の用事で市場を通った時、蚕の繭玉みたいな形のスイカの4分の一が100元(約330円)でそれを買ってやった。大型スーパーで丸ごと買えば180元ほどとさらに安いが、その繭玉は大人の男性が両手でやっと抱えられるほどの超特大! 割高でも4分の一で十分だ。
日本のような緑地に黒い縞模様の小玉スイカもあるが、数が少なく、繭玉形特大の方がおいしいとリーは言う。

今日は9時に娘たちと家を出た。
今朝になってから決めたのだが、このブログでも再三登場した新店市の大坪林に出かけた。新店市は2001年、2度目の留学時からリーに嫁ぐまで暮らした馴染み深いところだ。李姐が勤めていた皮膚科も、八里のシスターが所属する聖心会と同系列のカトリック教会もそこにある。その日本人のシスターを探してくれた恩人の何姐と会うのが最大の目的だった。

去年まで10番だった、ここから大坪林へ乗り換えなしで行けるバスは1080と1073に番号を変えていた。でも、ルートは同じ。
教会が運営する多目的ホール、小規模ホテル、聖母公園、マンションが白い瀟洒な教会と同じ敷地内に集まっている。
何姐以外にも、それらの施設で働く何人かのスタッフとは8年来のつき合いで、いつ訪れても歓迎してくれる。
台湾の家庭に入り、決して順風満帆でなかった。胸を痛めたり、泣いたりするたび、「帰れる場所」のひとつと思えたのが、この大坪林教会一帯のやさしい環境であった。
何姐は先日会った元看護士李姐と同年代。しかし、独身で年老いた母親と教会の近所で暮らしている。彼女も大切な大切な「姉さん」だ。

短い時間だったが、ランとメイも一緒に大坪林へ行き、長年の知人に顔を見せられて本当にうれしい。

帰宅すると1時。用意していたカレーライスでランチ。
娘たちは緑豆アイスをデザートにいただく。これはリーが作ったものだ。
日本では緑豆はほとんど食さないが、台湾では小豆同様ポピュラーだ。「温」質の小豆は冬場、「寒」質の緑豆は夏食すのが良いとされる。
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2009年08月03日

台北はカラカラ猛暑。経典伯爵紅茶の午後と台湾おすすめFM局。

台湾で昨日2日最も暑かったのは、台北の隣り、新竹縣の39.4度。史上5番目の最高気温を記録した。たしか歴代1位は43度くらいだった。
もちろん今日も暑い。米テキサス州は大干ばつらしいが、台北もカラカラ状態だ。夕立でもいい、雨がほしい。

昨日は706のバスでここから10分ほどの頂渓という街へ行った。午後2:00、丹堤珈琲という喫茶店で友人と待ち合わせていた。
彼女の名は、、、ウェイスとしよう。私より4歳下で証券会社に勤めている。ウェイスはリーの従妹だ。義母のすぐ下の妹の長女で、とても気が会い、時々喫茶店で会い、話をする。親戚にあたるが、結局2人きりにならないとゆっくり込み入った話などできないからである。年下だが頼りになる存在でもある。

その丹堤珈琲はチェーン展開する喫茶店の一つで、私の一押しは「経典伯爵紅茶」だ。ノンシュガーでもまろやかな甘味のある、とてもおいしいミルクティで、ポットで85元(約280円)。「経典」とは、いわばクラシック、クラシカルの意味。昨日はウェイスもこれをオーダーした。

久しぶりにランとメイにも会ってほしかったし、2時間半ほどおしゃべりした後、バスで一緒に義母宅へ行き、夕食をともにした。

さて、突然だが、私は10数年前からラジオ派になった。
ど近眼ゆえ、せっかちで、見なくても聴くだけで理解できるラジオの魅力に気づいたのだ。
台湾にもたくさんの放送局があるが、私が主に聴くのは二つ。アジア有数のクラシック音楽専門のFM「愛楽電台」とICRTというFM英語局だ。
ICRTはもともと米軍が放送していたが、米軍撤退後は台湾の民間企業が運営を引き継いだ。よって、コマーシャル部分は中国語になるのが玉にキズだが、ヒヤリングの訓練になるし、選曲もなかなかいい。

午後はランのピアノレッスン。
家の電子ピアノが直り、ホッとしている。
posted by マダム スン at 13:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 2009台湾夏報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月02日

市場、スーパー、大型店それぞれの長所を駆使して健全な家計を。午後は最大の息抜き、カフェでひとり過ごす。

土曜日の午前中は家族4人で隣りの大型ショッピングセンターへ買出しに行くのが恒例になっている。
リーは毎朝卵、ハム、チーズなどをはさむサンドウィッチを自分で作る習慣があるし、昼と夜は私が台所を預かっているしで、一週間に一度は大がかりな補充が必要である。
その大型店は道路を挟んだ向かいとはいえ、お米、牛乳、豆乳、ジュース、じゃがいも、スイカ、油などを買おうものなら私一人では家まで運ぶのは事実上不可能だ。よって、リーが同行できる時には幌つきバッグを持参する。

大型店は肉、魚、野菜、果物などの新鮮さは市場より劣るが、調味料、嗜好品、缶詰、乾麺、各飲料、小麦粉類、文具、日常品などなどは小売店や中型店より安い。
しかし、長くこの地域に暮らしていると、それぞれの店の「ウリ」がわかってくる。欠けてはならない好物のチーズだと、あそこのスーパー、食パンは安くても大型店内のパン屋のはイマイチなので、専門のベーカリーで、飲み物は大型店が断トツで安い。
また、ベビー用品はスーパーより薬局の方が安い。かなり差があるので驚く。

昨日はリーの助けもあり大型店でかなり満足な買物ができたが、やはりどうしても新鮮な肉が欲しかったので、ひとり汗を掻きかき、市場へ。4人のお腹と健康を預かっている以上、暑い、動きたくないなんて言っていられない。
鶏肉屋では、手羽元から手羽先を3本。豚肉屋では手のひら大の塊をミンチにしてもらう。買おうかなあ、と思っていた心臓は早くも売れていた。
たしかに、経験から、10時を過ぎて行くと、欲しいと思っていたその店手作りのソーセージや、数の少ない心臓、腰、肉つき軟骨などは手に入らないことが多い。

昼は鶏がらスープの麺。もやしなどのごま油炒め。

リーと娘たちが午睡に入る頃、私は外出、時々食パンを購入するベーカリーのテーブル席で年中愛飲するミルクティを頼み、先日おじゃましたシスターと李姐に手紙を書いた。パソコンで送るのではなく、現像した写真を同封したかったからだ。
娘たちの心配をせずに、1〜2時間でもひとりくつろげることは、大きな大きな息抜きであり、ささやかな楽しみだ。
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2009年08月01日

宜蘭縣の渓と漁港の町へ。水遊びと海の幸に一家喜ぶ。

台北の南隣りには新竹縣と宜蘭縣が隣接している。そのうち宜蘭縣は太平洋に面し、大きな漁港もある。
昨日リーは休みをとり、この宜蘭縣へ私たちを車で連れて行ってくれた。私も娘たちもすでに数回訪れたことがある蘇澳という街に、リーが台湾で一番好きな場所があるのだ。

台北からそこまでは、渋滞状況によるが1時間から1時間半。
ドライブにもいいくらいの時間である。
蘇澳の標識を見た後、山を一つ越えたところが東澳で、山道を走る時にはエメラルドグリーンの海が眼下に広がる。リーが益々ゴキゲンになってくる地点だ。

山道を経てしばらくすると、右手に「東岳湧水」の看板が立っており、それにしたがって右折すると、細い道がまた山に向かって伸びている。民家やその村の小学校を見ながら行くと、視界が開けて、中国語で「渓」と言う、いわゆる緩やかな川というか水辺があるのだ。
四方を緑まばゆい山に囲まれ、芝生や直径3pくらいの石で整備された広場、出店もあり、管理局みたいな詰所には係員がいてラジオを流したり、放送を入れたりしている。

ランとメイとリーは水着に着替え、いざ、水の中へ。
真夏と言えども、山から下りて来る渓の水はひやっとするほど冷たい。
もちろん、ランとメイが入っていた幼稚園のプールの水温よりずっと低く、2人は「冷たい!」と言いながらも、水底の隅々まではっきり見える澄んだ水にうれしそうだ。本当に透明、きれいな水である。
私は持参した椅子に座り、帽子と日傘で紫外線を避けつつ、切れ間なく吹き抜ける風に気持ちよくうとうと、、、、 時々、すぐそばの高架橋を列車がガタゴトと通るが、それも風情があってよい。台北と花蓮や太魯閣を結ぶ路線らしい。

あっという間に正午を過ぎ、「あー、ここで一泊したいなあ」と後ろ髪を引かれながら退散、昼食に行く。

リーの推薦に応じ、車で5分ほどの南方澳という港町へ。
大きな漁港で、市場も立ち、その日獲れた魚介類を料理してくれる店もある。
鮫の腹の部分の皮や、何とかいう私は聞き慣れない魚を選び、あと野菜炒め、炒飯などを注文。野菜も数種類のうちから指定できる。

お昼はあまり食べない私も、おいしくてディナー並みにたくさんいただく。それぞれの魚の部位の特徴をつかんだ、絶妙の味付けだ。これで460元(約1500円)だが、台北などでは望めない、地元の安さである。

海の幸に感謝し、車に向かう。
途中、その港町情緒があまりに粋だったので、数枚写真を撮った。濃い青空の下、うまく撮れた。我ながら絵葉書のようだと絶賛。
台湾のPCからは、どうもUPしにくいので日本へ帰ってからになるが、ブログ掲載予定。8月20日以降、乞うご期待!

リーの車は軽快に走る。
台湾には有名な観光地以外にも、実に多くの見どころがあるのは何度も実感することだ。
そして、そのたび、このもう一つの祖国を大切にせねば、と感じる私である。



posted by マダム スン at 07:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 2009台湾夏報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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