その後、ランを連れて実家へ行くよう連絡があったのが正午前。そそくさと準備をし、指示に従う。
台湾で親族の葬礼に臨むのはもちろん初めてだった。長男の妻として、本来なら雑事から表立った務めまで、いろいろ率先してしなければならないのだろうが、生後5ヶ月の幼子がいるのと私が外国人ということで、多くの高い要求は向けられなかった。まず、ランをしっかり世話して、できることを手伝うのに徹すればよかった。
やはり葬祭の手順や慣習は日本のそれとは大きく異なった。いわゆる告別式は、義父が亡くなった10日後行われ、それまで自宅で眠る故人のため、家族の誰かが順番に線香の火を絶やさないようつきっきりで見守る。四六時中なので、夜中にもその役目をする者が必要なのだが翌日出勤せねばならなくとも、リーも何回か夜のおつとめに行った。
リーの実家には、義父とゆかりのある人々がたくさんお別れにやって来た。つらい空気をランが和らげているように見える。多くの訪問客がこぞってランを抱っこしたがり、彼女の笑顔に悲しみの場が和んだ。私は内心ランが疲れてしまわないかと案じた。
とにかく黒い服を着ればよいと言われ、そのいでたちで私も告別式に参列した。日本から嫁いで何もわからぬヨメの私が、長男リーの傍ら、すなわち相当な「上座」に据えられてしまった。
義父の棺には、3月義父にあてて書いた手紙を入れた。その時義父はまだしっかり意識があり、義母が読むそれにうんうんと頷き聞いていたという。
大好きな義父だった。ランをもっともっと抱っこしてやってほしかった。出会ってわずか一年半ほど。ガン闘病4年。お義父さん、こんなに早く逝ってしまうなんてずるい、恨みますよ、、、、、 今でもそう思う。
義母は何度も何度もはばかりなく泣いた。私も義父を思うたびに涙がこぼれ、涙腺は緩んだままだった。