2008年12月13日

シルバーシスターたちと一緒に

少し記憶があやしくなっているが、当時八里の修道院には11〜12名のシスターが共同生活を送っていた。その中で、日本人のシスターは一人だけで、年齢で言うと彼女は2番目に若かった。あの頃すでに髪に白いものが多く混じっていたシスターM、最年長シスターは82歳ほどだったと思う。故意に高齢のシスターばかりを集めたのか否か訊かなかったが、もちろん良い意味で、ほのぼのしたある老人施設の様相を呈していなかったわけでもない。
シスターMのみならず、全員が既知の友のように私を歓待してくれた。私が住まわせてもらったのは、シスターたちの宿舎、礼拝堂、談話室、客間、事務所などなどが入る重厚な石造りの立派な建物で、たしか3階建てだった。階段もエレベーターもあり、トイレや洗面所も多く、とても便利で快適だった。
1階の玄関付近にはテーブルが何台か置かれ、そこでお茶や食事をしたり、来客と応接したりした。その奥に、庭に面した広いキッチンがあって、私も調理や皿洗いを手伝った。

小高い丘からは、その街を流れる川をまん中に据えた景色を眺めるに最適だった。学校など各関連施設を含めると、かなりの面積になると見えた。門衛が常駐し、ひとつの村を護っているかのようだった。
その敷地を囲むかのように森林が茂り、散策も楽しかった。バナナの木に実る黄色い実も見えた。
私はそんな場所で、リーを想いながら年を越した。
posted by マダム スン at 05:19| Comment(0) | リーと歩き始めて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月12日

旧正月は修道院で

尾牙から旧正月まではほんの10日ほどしかなかった。
リーは旧正月休暇で一週間あまり台北の自宅で過ごすことになっていた。
長男の彼は、両親が援助して購入したマンションで暮らしていた。そこから会社までは車なら3分ほどの距離で、マンションと会社のちょうどまん中辺りに彼の両親が暮らす実家が位置していた。バス通勤の行き帰りの際、道路際に建つレンガ色の彼のマンションを見ることができ、毎日私は16階建てのそれを仰ぐように眺めた。

約束通り、帰国後彼は電話をかけてくれた。携帯に出た番号が彼のものでなく、実家のそれである時があり、私はすかさずメモに残したりした。リーに関する情報なら何でも得たくて仕方なかった。そして、私はもう、後戻りできないところまで来てしまったことに気づいた。

旧正月休暇の中日あたりに、リーと会えることになった。私は八里にいるシスターの厚意で、お正月その修道院に数泊おじゃまできることになっており、彼がそこまで車で迎えに来て、ドライブがてら送って行くと言われた。
八里の修道院へは、前回同様電車で行った。カトリック女子中学高校
と同じ敷地内にある修道院は、聖職者の宿舎、教会、礼拝堂、研修や宿泊施設などもあり、私にも簡易ながら清潔で十分広い部屋を貸してくださった。小高い丘にある修道院のシスターたちのそばでしばらく寝起きできる有り難い機会は、まさに神の恵みそのものに感じた。
posted by マダム スン at 12:36| Comment(0) | リーと歩き始めて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月11日

驚喜来たる

私とリーが勤めていた会社は、東京、香港、ソウル、北京とバンクーバーに支社があり、尾牙のために毎年各支社から主だった社員がはるばる台湾に集結した。私にとって、初めての台湾の忘年会は、リーと会えるウキウキうれしい夜でもあった。
尾牙の会場は毎年変わるが、その年は台北市内のHard Rock Cafeを貸しきって開催された。広くてお洒落なフロアに300人ほどが集まり、それはにぎやかに盛り上がった。リーの姿を常に探し、彼が現れた時は舞い上がる気分だった。
リーなど職位の高い幹部たちは中央ステージに近い席にだいたい集まっていた。社長、本社幹部や各支社の支社長などを知らない社員はおらず、その存在感も大きく、社内では「有名人」の待遇だった。年齢は私より2歳上なだけだが、そんなリーに私は深い憧憬と誇りを感じていた。
時々会場を歩き回り、リーもやがて私に気づき、軽く挨拶を交わした。
あまりに盛大で、閉会の際には疲労感すら感じたが、思いがけないことが起こった。会場を出ようと出口に向かう途中、リーが私を認め、こう言ったのだ。日本語だった。
「酔っ払ってしまいました。」
本当に呂律がまわっていない。ニコニコ愉快に笑っている。そして、
「旧正月にまた台湾に帰って来るよ。その時、君を誘うから。」
思いがけないうれしい出来事を中国語で「驚喜」と言う。
外は結構冷える台湾の冬の夜に、驚喜が舞い降りて来たのだった。
posted by マダム スン at 15:53| Comment(0) | リーと歩き始めて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月10日

片思い

 こんな状態のこんな私に男性を慕う資格があるのか、という躊躇に行きつ戻りつしながらも、リーへの想いはどんどん膨らみ、その流れを止めることができなくなって行った。既存の痛みを直接治癒するより、他の前向きな事象の勢いに身を任せる方が、ひいては傷を癒すことになっている格好になった。
 私は毎日リーからの連絡を待った。出勤してすぐパソコンをONにし、メール以外にも、当時普及して便利だったICQの機能を使って、彼が連絡して来ることを祈った。また、自分から彼にそれを送るだけの話題ができることも期待して過ごすようになった。
 そのうち私は、エスカレートする自分の言動に思い至り、また、リーと自分の気持ちの温度差の違いにも気付いた。飽くまで彼はいち上司であり、私に個人的な好意を持っていると言われたことがない点を忘れてはならないとも言い聞かせた。
何度か経験したことのある「片思い」の切なさに再度苦しみながら、リーに主導権を奪われたような日々が始まった。
 
 旧正月が近づく頃になった。台湾にも忘年会をする習慣がある。中国語で「尾牙」と呼ばれるそれは、旧正月前の一ヶ月のうちに催されることが一般的で、私が勤めていた会社も業績が良かったこともあり、それは盛大な尾牙を計画した。
 その尾牙に出席するために、リーも香港から帰って来ることになった。
posted by マダム スン at 09:10| Comment(0) | リーと歩き始めて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月09日

その気になって行く

元大家さんで現東京支社長の意外な「勧告」は、私の生活に確かに新風を吹き込んだ。傷心の底にあり、恋愛などに思いが向かない時だったが、今から思えば、そういう時だからこそ、気持ちが動いたとも言えなくはなかった。
それに、考えてみれば、リーが私に特別な感情を抱いているような気もしてきた。同じフロアで仕事をしていた時は、私の直属の上司でもなく、めったに言葉を交わすことはなかったが、月に一度、彼が香港から会議のために本社に帰って来るたび、私の席にやって来て、「元気でやってる?」などと声をかけてくれた。部屋探しをしていることを社内のネット連絡網に載せた時は、「僕、今香港にいて、部屋は誰も使ってないから、貸してあげてもいいよ。」と言っていたことも思い出し、今さらながら、あれは至極意味深長な申し出ではなかったのかと、ひとり赤面しつつ、取り乱した。
そのうち、メールアドレスを交換し、リーは携帯番号や香港のマンションの電話番号も教えてくれた。そして、私は時々彼に学校や仕事のことを主に書いたメールを送り、彼も必ず返事をくれた。
何かが始まりつつあった。東京支社長だけでなく、リーのことを良く言う同僚たちがうまい具合に私の周囲にいて、私のリーへの想いをさらにかき立てて行った。
posted by マダム スン at 08:36| Comment(0) | リーと歩き始めて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月08日

リー、現る。

かつての大家さんは、東京支社の支社長になっていて、時々私がいる台北本社には出張で顔を出した。私たちはそのたび言葉を交わした。
彼はこれまでの私のだいたいの来し方を知っており、「お前を幸せにしてくれるいい男を紹介してやる」と何度か口にした。
それも話のネタくらいであろうと高をくくっていたのだが、ある出張でやって来た時、彼は具体的な人物を挙げて勧めた。その名前を聞いて驚いた。少し前まで同じフロアの同じ一画にいた上司その人だったからだ。
「は?彼は今、香港ですよ。」
「メールがあるでしょう。電話だってあるでしょう。」
東京支社長は余裕の様子で押して来る。
便宜上、その上司をリーと呼ぼう。リーは私より2歳年長で、会社では年かさな方だった。職位も高く、米国で修士号を取得し、英語ができることもあり、香港支社長に抜擢され台湾を離れた。
台湾の大学では日本語学科を卒業し、ある程度は日本語を話せたので、彼が台北にいた頃、時々立ち話程度はしたことがあった。
あとで知ったが、大家さんは私が入社する前から、今度日本から来た新入社員が入るから、よろしく頼むよ、とリーに声をかけていたらしい。
それにしても、、、、、 しかし、悪い気はしなかった。リーを思い出す時浮かぶのは、人なつっこいやさしい笑顔ばかりだったからだ。
posted by マダム スン at 09:44| Comment(0) | リーと歩き始めて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。