2010年03月02日

『客家の祖母より、綿々と』〜5〜

 母の存在は甚大だ。子子孫孫まで呼び寄せる力は強い。
「でも、からだが弱って動けない。かわいそうねえ。もうすぐ死にます。」
 また来た。
「バカなこと言ってないで、もっともっと元気でいてよ。」
「ほんとよ、まったく。戯言ばっかり言うんだから。」
 別便で帰省した義母のすぐ下の妹が聞きつけて口を出す。この叔母も台北在住だが、一週間祖母に付き添うことになっていた。
 あまり長く話すと祖母が疲れないかと叔母に訊く。横になってるもの平気よ、と言うので、私はベッド脇に座り続けた。
 壁には相変わらず三つの時計が掛けられ、それぞれ異なる時刻で針を止めている。どういう基準で淘汰されずに残ったか定かでないが、カレンダーも二種類剥がされず、絵画のように誇らしげだ。祖母の皮膚の皺、モノクロ映画で観たような昔造りの住居とそれらが、私の中で時空感覚を麻痺させる。と同時に、ここに来るたび、台湾に嫁いだ縁に思い至る。

 昼食後、母屋の椅子に腰掛けた祖母にカメラを向けた。娘たちとのスナップを撮りたかった。
 すると、祖母は手で振り払うような仕草をして、やめろという。
「鬼みたいだから、撮らなくていい。」
また戯言だ。
 何度も説得して、ようやくおとなしく構えてくれた。小さな娘たちをもなだめねばならず往生した。
 しかし、祖母は撮り終えても、まだ決まり悪そうにつぶやく。
「鬼みたいだから、撮らなくていいのに……」
posted by マダム スン at 04:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 母娘3人で日本へ帰ることになる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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