私の書評のミッションは続いていた。
また、リーとの衝突の様子も再三日記につづられている。その原因の多くは食事や、私の超マイペースな生活様式に対する彼の苦言や文句だった。
あの頃は互いに自分の価値観や主張が最も全うで、なぜそれが相手にはわからないのだろうとの見地から脱却できなかったように思う。そして、行き着くとこまで行かないと改められない弱さ、未熟さも互いに似たようなものだった。
リーの「4歳入園論」を聞き入れ、3歳になったランも年子のメイも私が家で育てていたが、そうこうしているうちに4歳もそう遠くない現実になり、4月から私は精力的にランの託児所探しを始める。
台湾は9月に新年度が始まり、ランは10月生まれ。よって、ちょうど年度開始の9月から託児所(幼稚園)に入れることになったのだ。
リーは前年日本へ帰った時、花粉症に苦しんだので、その年は一時帰国を例年より遅くしたが、それまでにどこに入れるかを決め、入園申込を済まさねばならなかった。
台北は大都市。我が家周辺にもたくさん託児所がある。
私は娘たちを連れて訪問し、見学させてもらう。すべて私立で、保育料も特色もさまざま。台湾も少子化傾向にあり、どこも熱心に園児募集活動をしてることを実感する。