2009年09月23日

2度目のインフルエンザ予防接種は気のいい同僚の車で。娘の成長を願い、喜びながらも傷心の日々。

親子そろって2度目のインフルエンザ予防接種は11月22日決行となった。
こういう日に限って、ランもメイもなかなか昼寝をせず、キミーに何度か電話して、結局午後4:30に例の小児科へ同行してもらうことに。
そして、その日は秘書のキミーと、ジェニーという35歳くらいの独身女性社員が自ら運転し、送って行ってくれることになった。
ジェニーも朗らかで、子供好きな様子。私が何度も申し訳なく礼を述べると、いいのよいいのよ、これくらいのこと、と明るく笑い、娘たちを見て、目を細めている。
ありがたいことだ。

リーの台湾本社出張は毎月一回のペースで続いていた。
だいたい2〜4泊だが、その間無事暮らせるよう気が張った。
週末に当たった時は、キミーの自宅の電話番号を再確認し備えた。
日課の早朝散歩は、8階建てのマンション内の階段を何度も昇降したり、ごく近場のみを歩いた。

リーはほうれん草、ニラ、オクラ、茄子などが好きではないが、まったく食べないわけでもない。
しかし、相変わらず会社でのストレスを自宅の私の前で発散する構図は変わらず、
「あまりキュウリは好きじゃないんだ」
とか、
「毎朝卵を食べてるんだから、昼に卵は使うな」
とか、それまで生活していて一度も言わなかった苦情を突然発するので驚いたり、腹が立ったりする日々であった。
あれはダメ、これも嫌い。
昼、夜ともに自宅で食事する彼にそんなことを言われると、何も作れなくなる。
道路が渋滞しても、ランが彼の午睡時にぐずっても、その原因を私の何かに結び付け、責めたてる。
日本の両親や林さん、親しい友人だけに、その苦しみを打ち明けずにはいられなかった。幼い娘たちの成長を見て、喜び、この子らをしっかり守るのだ、という戒めに支えられながら、心に傷みを負う毎日でもあった。
それまでほとんど興味がなかった般若心経に惹かれ、柳澤桂子氏の名著・「生きて死ぬ智慧」をすがるように読んだあの頃。
心の平安が欲しかった。
相手を変えられぬなら、自分がそれまでと異なる者になるしかなかった。
posted by マダム スン at 05:14| Comment(0) | TrackBack(0) | リー新任地、ソウルへ移住 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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