1月中旬の台北としてはちょうど自然なところだ。
ランを産んだ懐かしさがよみがえる3階の「待産室」での検査の結果、子宮収縮は始まっていると確認された。
再び、謝医師がいる診察室に入り、リーと3人で話し合う。子宮の収縮が起こっているということは、胎児が私のお腹から出て来ようとしていることに等しい。しかし、その時点では陣痛が始まる時期を予測できなかった。
一度帰宅して、いよいよという時を待つか。
このまま入院するか。
協議の結果、即、入院が決まった。
というのは、もし陣痛が始まれば出産まではあっという間だろうという謝医師の見解があったからだ。
初産より2回目の方が胎児は出て来やすいものらしい。それにメイは小さい。大きい子に比べるとスルスルッと楽に生まれる可能性が高いので、珂産婦人科と自宅の車で15分ほどの距離、そして恒常的な台北の道路渋滞を考えれば、そのまま病院に留まった方が無難だと言われた。
私は、破水して、痛むお腹や腰で立っているのもつらくなり病院へ駆け込んだ前回を思い出した。
入院出産一式バッグも持って来ていることだし、よし、そうしようと3人の思いは一致した。
リーはいったん会社に戻って行った。私の部屋は701号室、そこで臨戦態勢に入った。