「妊娠中の日本人には教えたことがないな。」
と、蔡老師は言った。
お腹のメイは予定日まであと3ヶ月半ほど。出産後しばらくはレッスンを休まねばならないが、それでも私はこの機を逸してはならないと思い、二胡の世界に飛び込んだのだった。
最初は音らしい音など出ない。弓を持つ手や手首の格好、力の入れ具合でつまづき、何度も訂正され、同じ練習を繰り返した。メイはたまったものではなかったろう。至近距離でギーガーギーガー、安眠妨害もいいとこだったと思う。そのせいか、毎回私が二胡を弾くたび、メイは動き出した。毎回だ。
時々蔡老師の都合で、レッスンの時間が変わったり、一週間お休みになったりはしたが、師弟とも熱心に二胡に接した。どんな楽器や習い事でも総じて継続は力なり、毎日少しずつでもやる方が好ましい。
私は頑固なまでに、よほどのことがない限り、その鉄則に従った。遅いスタートではあったが、いつか人様に聴いてもらえる音を出したい。いつかランやメイに教えたい。二胡はバイオリンのように小型のものはなく、だいたい小学校高学年くらいからしか弾けないと言われている。よし、その頃には娘たちの先生になるぞ!
あの時の決意は今も新鮮なまま、この胸にある。