9月17日、金曜日。
私は朝か夜に必ず散歩をしていたのだが、その日は夕食後ひとりふらりと外に出た。9月半ば、台北はまだまだ日が暮れても暑い。マンションの中より、自然な風のある外の方が涼めて気持ちよかった。
これと言って散歩ついでの買物もなく、私はにぎやかなメインストリートより、自宅に近く、どちらかと言えば地味な筋を歩いていた。
7時半頃だったと思う。自動車修理屋やら看板屋、携帯電話会社に薬局などが並ぶ馴染みの通りに、ひときわ明るい照明がもれる一軒があり注意を引かれる。
あら? あんなお店あったっけ。
いぶかしく思いながら近寄って見ると、全面ガラス張りの店内にはピアノが2台と古箏と呼ばれる中国の琴が置かれ、奥に置かれた応接セットには、大人や子供が5〜6人いて、にぎやかそうだ。
楽器屋さんかな、それとも、音楽教室かな。
いずれにせよ、そのまま素通りすることが惜しくて、入って具体的に尋ねる質問もとっさに思いつかないまま、ガラスのドアを手で開けてみた。
ピアノは幼稚園の時から7年ほど習っただけだったが、母は琴の師範を持ち、保育士をしていた関係でピアノが弾けたし歌も好きで、比較的音楽に親しめる環境に育った。幼い頃から流行りの歌謡曲だけでなくクラシックも抵抗なく聴いていた。
よって、明確な目的はなくても、「音の世界」に引き込まれるようにそこへ導かれたのだった。