だが、パジェロからどっさり下ろす荷物の中には、これまたどっさりの洗濯物>< 当然私がすべて洗い、干さねばならない。具合が悪いと実に恨めしく見えるその「山」だった。
どうにも気分がすぐれないのだが、やはり洗濯物を処理してしまわないと落ち着かず、さっそくよいしょと抱えてベランダにある洗濯機に放り込んだ。
2時間ほどかかってようやく一段落つき、夕方私は医者へ行くことにした。かかりつけの病院(医院)はなく、その日は徒歩で5分ほどの内科
小児科医院へ行ってみることにした。その前を通るたび、結構おおぜい患者がいて、悪くはなさそうだった。
普通の風邪と診断されたが、家に赤ちゃんがいるならマスクをするよう言われる。それは心得ている。
女医さんにもらった薬はよく効き、翌日はだいぶ楽になった。
リーとランと3人そろって実家に帰る。義父の容態が気にかかったし、おみやげを渡したかった。
実家には義母と、義弟の長女がいた。2人とも鼻水を出したり、ひどい風邪声をしているが、マスクをしてくれず、私は心中穏やかでなかった。
おかげでランにはうつらず、彼女の食欲は旺盛だった。うまくできたもので、生後半年ほどは母親からもらった免疫で結構抵抗力があるというのは本当なのだろうか。
ハネムーンから戻った翌々日、3月29日。
書類提出のみだったが、結婚一周年を迎えた。晴々しい事にさほど興味のないリーと私だったが、記念写真だけは撮ろうという点で意気投合、私がランを抱き、バイクで出かけることにする。
ご存知だろうか。台湾の結婚記念写真文化はおもしろいのだ。