そんな事態にあってもマスク着用が乗客の任意のうちにあることが私は解せなかった。航空機内にSARS患者がいたと後日判明し、同機に乗り合わせた人々が追跡調査を受け、隔離されたり、感染していたりする報道があとを絶たない最中であったのに、である。
私はお腹に子を宿した者として、過度に敏感になっていたのかもしれないが、それはいたし方ないだろう。周囲で咳込む声がするたび、身を硬くした。今なお、あの機内の様子を思い出すと、実に灰色のバックの暗い映像しか浮かばない。
機内で健康調査票みたいなものに記入し、台北の空港でも37度以上発熱していないか調べる装置が私たちをチェックしていた。靴底を擦りつけ、細菌を拭き取るマットも敷かれていた。
物々しい空気漂う一連の施設から我が家に帰ると、ひとまずホッとした。
まず、うれしかったのは、香港のマンションでどんどん気になってつらかった独特の匂いが台北のそこにはないことだった。それだけで幾分過ごしやすかった。私は実際に吐く悪阻ではなかったが、常に一触即発の状態で、ちょっとしたことでも影響は大きく感じられたのだ。
入籍はリーの仕事が少し落ち着く5月に、という当初の計画を変更し、翌28日に産婦人科を受診し、29日に役所に結婚届を提出する段取りをリーは整えた。
2009年01月13日
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