しかし、春よりは秋の方が実感しやすかった。まず、ここが台湾かと思うくらい湿度が下がり、さわやかな空気に包まれる日に恵まれる。意識して闘わねばならない酷暑の後にやって来る、そんな神様からのプレゼントのような快適な陽気には手を合わせたくなるほどだ。
そして、空が高くなる。街を歩いていて、何かちがう、どこかちがう、と違和感を抱いていると、気づくのだ、あら、空が高くなったと。その空を見上げながら、長い長い夏の疲れを自ら癒やすかのように深呼吸する時の気持ちよさは格別だ。
引越しは、そんな秋の週末に決行された。晴れてよかった。
無料で引越を請け負ってくれたのは若い女性支店長だったが、実際車を運転し、荷物を新居まで運んでくれるのは謎の男性だった。
謎と言っても、何度か顔は合わせていた。というのも、その不動産屋へ行くたび、だいたい彼はそこにいたのだった。言葉を交わしたこともあった。でも、身分がわからなかった。40歳になるかならないかと思しき若き支店長と親しげに話すのだが、彼は他の社員のように仕事をしていない。グレーのホロ付き事務椅子に、小学生が座るように背もたれを抱き込むよう座って、くるくる回して遊んでいたりする。いかにも油を売っている、遊びに寄っているという印象しか持てなかった。
【関連する記事】