まさに無我夢中で走った。そして、3ヶ月ほど経った頃だったろうか、中国語が少し楽に口から出るようになったことに気づいた。日常的に各部署で使用する専門用語も覚えた。「上手になったねえ」と研修生から言われた時は、飛び上がって喜びたい心境だった。そして、彼らに感謝した。私のまずい中国語に何も言わず我慢し、質問に答え、教えてくれた。ほとんどが私より年上で、妹のように守ってくれたように思う。
たまにだったが、本社から会長がやって来た。この時は、ふだんに輪をかけてビクビク、ガチガチの緊張状態で、寿命がたしかに縮まった気がする。幸い、会長も温和で寛大な人だったおかげで、彼のおしゃべりの相手を務めたりもして、何とかそのたび乗り切った。
台湾留学時代よりも速いペースで中国語は上達して行ったと言っても過言ではなかったろう。必要に迫られ、報酬を得ている身としてやらねばならない、役に立たねばならないとの責任と使命感はどっしり重かった。待たなくてよかった。チャンスを見送らずよかった、と思った。やらねばならぬ状況に身を置いて、仕事をしながら鍛えられるものだと体得した。
お酒屋さんと通訳で、ほとんど休日なし。それでも楽しかった。楽しいから休みたいとも思わなかった。
2008年11月14日
この記事へのコメント
コメントを書く

