2008年11月07日

不便な暮らし

授業は一日2時間だけだったが、5〜10人の少人数クラスで、先生の教え方も洗練していて、効率がよかった。宿題は毎日、テストも定期的にあり、私はすべてに真面目に取り組んだ。そして、どんどんわかる単語や言い回し、決まり文句に構文などが増えていくのを実感出来た。
だが、実際に現地の人たちと円滑な会話ができるかと言えば、そう簡単に行くわけではなく、肩身の狭い、不自由な暮らしが続いた。
最初困ったのは、バスだった。当時は、次がどこか車内アナウンスや掲示板があるわけでなく、窓外の景色を注視して、ここぞという時に下車予告ボタンを押す。それに、朝のラッシュ時は恐怖に近かった。
ボタンを押せたのはよいにせよ、ギュウギュウに混んだ車内からドア
まで進み、降りるのが骨折りモノで、現地の人は「下車!」(シャーチャー、降ります、の意味)ときれいな発音で叫び、事無きを得たが、私は自信のない発音で大声を出す勇気もなく、実にプレッシャー
とストレスを感じる日々だった。 
買物に行って、店員さんに何か訊ねたくても、文章がうまく組み立てられなかったり、四声が曖昧であきらめたりするのはしょっちゅうで、あらかじめ想定できる時にはメモに書いて持ち歩いたりした。卑下せず、照れず、ぶつかればもっと速く上達したかもしれないが、初めのうちは引っ込み思案な自分に甘んじていた。 
posted by マダム スン at 10:36| Comment(0) | 台湾へ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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