2009年12月08日

トラウマを抱え、聞きに行ったご住職さまの答え、「罪は一生消えない」に涙する。何かが終わり、新たな挑戦始まる。

もうご記憶から薄れているかもしれないが、2001年2度目の台湾留学を果たして間もない頃、私は台北で思いも寄らぬ試練を味わい、毎日泣き暮らし、台湾人のルームメイトと暮らしていたマンションの隣りにあったカトリック教会にひとり通った。
それから、そこで働き、ミサにも与る50歳の何姐や神父さまたちとの交遊が始まり、カトリック高校卒の私には然るべき姿のように映った
神戸出身の日本人シスターとのご縁もいただいた。

ところが、私はずっと自分を赦せずにいた。そのトラウマから脱却できず、さまよっていた。それで般若心経に関する著書など仏教書に救いを求めた。それでも飽き足らず、とうとう故郷の菩提寺のご住職さまを訪ねることになったのである。

手紙でも、そのアジサイの寺でも、私はトラウマのもとになった事の詳細を打ち明ける勇気は起きなかったが、例を挙げてご住職さまに質問した。カトリックに寄り添う人々は皆「罪は赦される」と口をそろえた。仏教ではどうなのか。それが最も気になる点であった。
「一生、罪は消えません。」
それが、ご住職さまの答えだった。
懺悔はできる、罪滅ぼしに何か人や社会のために働く心がけは良い、
されど、罪は消えない、と。

そのひと言を聞いた途端、私の涙はこらえきれずポトポト落ちた。
いちばん怖れていたことなのに、一方で、ずっとそう言われることを待っていたような気もした。そして、何かが終わり、ほんとうの人生が始まったような気がした。
posted by マダム スン at 05:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 家運低迷期突入す | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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