ところが、3月17日、来月でこのマンションを出るなら4月上旬に明け渡してほしいと大家さんから連絡が入ったらしい。そう、秘書キミーから知らされる。
一時はリーが3月25日頃に母子3人だけ先に台北へ帰ってほしいと言われたこともあったので、それよりはマシだが、とにかく落ち着かない時間を過ごした。
それでもすべきことはこなさねばならず、台湾の母子手帳をにらみつつ、幼い娘たちの諸々の予防接種にも忙しかった。
2月、初めて保健所でMMR(はしか・おたふくかぜ・風疹3種混合)をメイは受け、1ヶ月間を置いて、この日再びキミーに頼み、私の散歩コースにある真新しい保健所まで歩いた。今日は日本脳炎。1〜4週間あけてもう一度接種。ランは去年打っているので、今年は1回でよい。
明るく清潔な保健所。2階で親切な女医さんに打ってもらう。
また、その日は、このマンションの部屋を見たいという人が午後4時半に来ることになり、急いで大掃除。
以来、何度か大家さんが次なる借り手になるかも知れぬ人や家族を連れて来ることになる。
私もランもこの家が大好きになっていた。離れるのがつらかった。
だが、当初2年契約したマンションを急に、それもこんなに早く出ることになり、大家さんにはとても申し訳なく、キミーの通訳を通し謝らなければならなかった。
初老の大家さん夫婦は穏やかな善人との印象を受ける人たちでホッとしたが、複雑な心境、本当に胸は痛んだ。
胸って本当に痛むのだ。