2009年09月08日

お昼にキムチはダメ?! 夫婦それぞれのストレスに病む。般若心経に触れ、無我、不動を目指して、、、、、

先週書いたと思うが、会社でストレスを受けるリーはそれを家で発散するしかなかったのだろう。
前任者が荒らした会社の規律や使い込んだ金額は小さくなく、オンラインゲームそのものの運営、サービス、開発はもちろん必須で、リストラも本社からの命令のままに実行せねばばならなかった。社員たちに何を話すも、秘書の通訳を必要とし、もどかしい思いをすること多々あったと察することができる。
そんな重圧が、まじめで責任感の強いリーを追い詰め、本来の気性の荒さを助長していた。

私の作った食事への文句は絶えず、数日外食を続けたこともある。
その9月のある日、お昼に現代百貨店の例のキムチを使ったキムチ炒飯を作り、リーはおとなしく食べたが、日課であった短い午睡の後、
「昼にキムチを食べさせるな。胃が熱くて眠れないよ!」と怒鳴られた。
キムチを食べた後、胃がそのようになるとは彼から聞いたことがなかったが、とにかく、いつも虫の居どころが悪かった当時は万事がそんな感じだった。
娘を一人、台北に送り返そうとの提案も何度も出され、私を脅かした。実際、リーの弟一家がアメリカで暮らしている時、第2子を生後2ヶ月ほどで台湾へ送り、義母に預けた事例があるため、そういう発言は現実味を帯びていて、恐ろしかった。

ランの友達探し、相変わらず弾く二胡、目の離せない幼い娘たちの世話、キリがない家事、そして、母でも妻でもなく「私」そのものの充実、成長、実現を韓国に在っても強く望み続けていたため、リーとは別種の、だがリーに劣らないほどのストレスに私も苦しめられていた。
思えば、柳澤桂子氏の訳した般若心経に出会ったことがきっかけで、その後数年間、私は仏教関係の書物を多く紐解き、その訓えに安らぎを求めた。ある特定の宗教だけに深く関わることへの抵抗は依然あったが、自分は「普遍の真理」というものを探しているとの覚醒と自負はあった。
当時、私にとっての安らぎとは、無我、不動の「悟り、解脱した自分」を達成することであった。
posted by マダム スン at 05:11| Comment(0) | TrackBack(0) | リー新任地、ソウルへ移住 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。