娘たちは幼いながら、私には私の教育方針や日常彼女らと交わす小さな取り決めをもとに暮らしが成り立っていたのだが、義母にそれらを説明しても理解してもらえず、ストレスがたまる。
私のやり方を端から重視していないとも見えるし、丁寧に説明したつもりでも伝わっていないこともしばしばある。もちろん中国語での会話なので、言葉の問題かとも思ったが、どうやらそうではなく、義母は自分の聞きたい内容の話しか聞こえて来ない耳の持ち主のようだった。
私もこういう性格なので、すべて腹に収めることもできず、言葉を選びつつ義母に改善を促すことはたびたびあった。角が立たぬよう気を遣うため、胃が痛んだ。
その一方で、慣れぬ土地に幼な子を2人連れて来た緊張感と忙しさは相当なもので、一人でも「身内」が多く身近にいることはありがたく、義母帰国以降どう乗り切るか不安も常にあった。日本の母には何度も
「ほんとに一人で大丈夫?どうやって行くの?」
と脅かされていたものだ。
義母は思い立ったらそうせずにはいられないタチで、彼女にとっても勝手のわからぬソウルでの暮らしは不便なものであるのは容易に見て取れた。台北での自由な生活が恋しくなるのも当然とも言え、私はあまり考え過ぎないよう努め、感謝の言葉をたくさん述べて義母を見送った。
ソウル生活も2週間ほど経つと、おおまかなことはわかり始めた。マンションから見て、COEXの向こうに隣接する現代百貨店にいわゆる「デパ地下」があり、食品売り場があると書いたが、物によっては例のWalmartと変わらぬ値段で買えると知って以来、ちょくちょく歩いて通うようになった。
リーは昼食を自宅で取り、少なくとも1時間は家にいるため、その時間に急いで現代百貨店を往復した。常に時間を気にして気ぜわしかったが、週末のWalmart行きのみに頼らず、またちょっとした気分転換にもなり、よかった。
現代百貨店のデパ地下で最も記憶に深く残るのはキムチである。
主に50〜60代のおばさんが店番をする量り売りキムチは絶品で、その美味を知ってからは他のキムチは買わなくなった。
最も一般的な白菜キムチは普通のと激辛の2種類あったが、私もリーもマイルドで辛くも甘さすら感じる普通の方を好んだ。バリバリいけるおいしさ!
台湾に帰る際の土産としてもたびたびそこのキムチを買い求めた。
飛行機に乗るのだと言うと、匂いが洩れないようしっかと包装してくれるので安心できた。