2009年07月31日

二胡レッスン。皮膚科で出逢った李姐との再会。朱記餡餅粥店で美味を堪能した夕べ。

今日はまだ6時にならぬ早朝。
昨日もいろいろあった。

午前中はまったく外出せず、午後1:30に蔡老師が二胡を教えに来てくれる予定だった。
20分ほど早く到着した彼女だったが、つき合いは長く、身の上話も互いにする仲ゆえ、最近立て続けに起こる「試練」の詳細を聞いているうちに40分ほど経ってしまった。もちろん、レッスンはそのぶん時間を延ばしてくれるし、授業はふだん通りの熱心さである。多忙な蔡老師となかなかゆっくり話す時間もなく、昨日は貴重な機会だった。「二泉映月」
は猛練習中である。

その後、娘たちと706のバスで地下鉄MRTに乗りに行き、一度台北駅で乗り換えて、南港線の忠孝新生駅まで。そのホームから李姐(李姉さん)に電話を入れる。自宅から迎えに来てくれるのを、暑い地上に出ず、地下鉄構内で待った。
李姐とはこのブログにも登場した、皮膚科に勤務していた看護士さんである。8年前、突如現れた私史上初の目の下のクマに悩み、解消方法を探していた折見つけた皮膚科エステの主任看護士が彼女だった。
よって、もう8年来の大切な知人の一人である。

私より十あまり年長の李姐は、昨夏私が台湾を後にした直後、乳癌が見つかり、治療に専念するためその皮膚科を辞めた。
私はひどく心配して、日本から娘たちの写真を同封したエアメールを何度も送ってきた。
一連の必要な治療は済み、現在は自宅で療養中だ。放射線治療後伸びた髪はまだ短く、少年のよう。ふっくら丸い顔はそのままで、以前との変化は外観ではほとんど認められない。

李姐の家を訪れるのは初めてだ。仕事に忙殺されていた彼女を「個人的に」訪ねるのは無理だった。無論、ランとメイの実物を彼女が見るのも昨日が初めてだった。

李姐のマンションは仁愛路と建国南路が交差する、瀟洒な住宅地にある。すぐそばに大安森林公園があり、毎週末建国南路の高架下に立つ花市は古くから続く伝統を持つ。交通の利便性もよく、かなり地価が高い一帯だ。
しゃれたお店やマンション、ホテルが並び、緑も多く、市の中心部とは思えない静けさに和む。あんなところに住んでみたいものだ。

さて、お宅に到着すると、26になる娘さんが在宅だった。李姐には息子もいるが、今、オーストラリアに留学中である。
色白で鼻筋の通った気立てのよい娘さんがランとメイの守りをしてくれたおかげで、私と李姐は2時間話に花を咲かせた。
気がつくと、早く夕食に行かないと、会社帰りに迎えに来てくれるリーとの約束の時間に間に合わなくなってしまう! 慌てた。もうすぐ7時だ。

招待されたのは、歩いて10分足らずのレストランだった。麺、包子、蒸餃、粥などが看板メニューのチェーン店、「朱記」。正式名称は朱記餡餅粥店だ。
李姐が癌治療で食欲がない時、それでも栄養あるものを口に入れなくてはならなくて困ったが、この店の牛肉餅などはのどを通ったという。
平日なのに1階2階とも相席を頼まれる盛況ぶりだった。日本から台北を観光する際、旅行社が連れて行ってくれるのか知らないが、どうぞ覚えておいてください。ふつう、これはもっと油っこいもの、との観念がある品でも、驚くほどさっぱり、美味に仕上げてある。何を食べても満足、見た目も精緻、中華は油っこくて苦手という人にも絶対喜ばれると思う。私もぜひまた行きたい。リーズナブルなのもありがたい。

時に厳しく、ずっと温かく寛容な李姐との語らいは、改めてこの出逢いへの感謝と深い縁を実感させてくれた。

目の下のクマも、作ってみるものである。
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2009年07月30日

台湾と日本の旅券事務のちがい。緊張の末、無事申請完了。ピアノの熱血授業する私。

はあーっ、、、、、早朝から強い日差し。今日、台北の予想気温は30〜35度。雲が多く、蒸した昨日よりさらに暑くなる。

日本の実家は県庁所在地まで電車で往復約3時間はかかり、交通費も3000円ほどは要る。
台北の自宅だと、交流協会台北事務所までバス一本で往復約1時間、100円ちょっとで事足りる。
それゆえ、有効期間を半年ほど残しても、今回台湾にいる間にほどなく切替が必要になる娘たちの日本のパスポートを取得することにしたのだった。
昨日はリーに頼んで出勤時に母娘3人を乗せて行ってもらった。
交流協会は南京東路と復興北路が交差したビジネス街の近くにあり、朝の出勤ラッシュで道路は渋滞、リーに申し訳なかった。
日本から用意してきた2人の戸籍謄本、写真2枚、現行のパスポート、そして、窓口でもらう書類各2通に必要事項を記入する。申請が受理されるまで45分、手はしびれるわ、何か落ち度はなかったか、ものすごく緊張するわで、ぐったりした。
しかし、「これで結構です」と言われると本当に安堵した。ただ、受領予定日は8月14日。2週間以上かかるのだ。
それは、台湾と日本には正式な国交がないため、タイの領事館まで送り手続きが進められるためらしい。

何はともあれ、申請は無事済んだ。
10:00過ぎ、娘たちと最寄りの停留所まで歩き、307のバスで家路につく。自宅から一駅前で下車し、食料品を買い、私の居留証がなく保留していた次女メイの台湾のパスポート申請に向かう。
旅行社は必要書類一式とその子の親の身分証(台湾には国民登録番号などを記載した証明カードがある)を持って、旅券事務を代行する。私のように外国籍の親の場合は、台湾の居留証原本でもよい。
すなわち、日本のように交付時に必ず本人が県庁所在地のどこどこへ受領に行くべし、との規定が台湾にはないため、出来上がるとその旅行社へ取りに行けばよい。
台湾のは約一週間でOK。総費用1500元(約5000円)を払い、長い午前の業務は完了した。

午後は娘たちに水遊びさせた後、ランのピアノ練習のため音楽教室へ行った。
「あなた、熱心ねえ」
と受付女史に言われるのもそのはず、30分でランよりへとへとになるほど「熱血先生」に変身した母であった。
posted by マダム スン at 10:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 2009台湾夏報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月29日

居留証取得。骨科。市場にも。台湾はフルーツ王国、龍眼を買い求める。

何かと毎日忙しい。
何からお話しようかと迷うほどだ。

まず。
昨日は新しく3年間の台湾在留と回数制限なしの出入国が許可された居留証を取りに行き、その足で例の骨科を一週間ぶりに受診した。検査の結果はみな正常で、この腰は名のつく病気ではなかった。安心は安心だが、これはかえって厄介だと感じる。「ふだんから無理をせず、疲れをためず休養を心がけ、、、」という、じっとしていられない性分の私にはいちばんつらい療養方法しかないからだ。性分だけではない、幼い子供の母親に、ゆっくり休養できるような余裕などないのがふつうだ。

苗栗の実家から月曜の夕方、台北に帰って来た義母に娘たちを預けられたので、市場へもゆっくり買物に行けた。
魚が欲しかったので、前回鱸(スズキ)を買った夫婦の店に行く。鯵(アジ)が3尾100元(約330円)と安い。隣りに秋刀魚(サンマ)もあったが、台湾で口にする秋刀魚はすべて北海道からの冷凍輸入と言ってよい。台湾の海では獲れないのだ。
だが、鯵なら大丈夫で、朝捕れた新鮮なものが手に入る。希望する下処理を大将に伝え、出来上がると100元札を渡し、礼を述べ、続いて豚肉と野菜も馴染みの店で購入する。
そうそう、果物がなかったことを思い出す。果物はスーパーと市場では値段にあまり差がないので、ついでに探すことにする。

私はマンゴーに目がなく、台湾に戻って来てからすでにたらふく食べた。日本ではほとんど手に入らない長さ30〜50cmほどの大きいものが、100〜200円で買える。よく見るのは2品種だが、どちらも目尻が下がるほど甘くておいしい。夏が旬で、ちょうど今の時期がいちばん安くもある。

昨日はマンゴー以外で何かないか物色し、龍眼に決めた。
龍眼は常緑樹で、2cmほどの茶褐色の皮に包まれた実を葡萄のように一度にたくさん実らせる。
皮をむき、白いゼリー状の実を食べるのだが、中に黒い種子が入っており、それを龍の眼にたとえ、この名がついた。日本では沖縄の一部の地域で採れるらしい。
台湾はフルーツ王国だ。台湾産のものも豊富だし、輸入品も多い。
物価からして、高いな、と感じるものもあるが、日本と比べるとやはり安価である。昨日はライチも見た。ライチと龍眼は似たところがある。
龍眼には茶褐色の皮がついているが、ライチは赤黒い皮。実の大きさも、小枝をつけたまま束ねて売られる姿もたいへん近いものがある。
よし、今度はライチにしよう。
posted by マダム スン at 15:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 2009台湾夏報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月28日

台湾パスポート申請はお預け。ランの音楽教室で、美術専攻、ウクレレ青年と語り合う。

昨日午後は、先週撮影した証明写真を撮りに行き、メイの台湾のパスポート申請に行った。日本と異なり、本人がまったく登場せずとも旅行社が代理申請してくれる。必要書類さえホンモノをそろえればよいのだ。
ところが、リーの身分証も私の居留証も持参していなかったため、保留のまま帰って来た。父か母の身分を証明するものがないとダメなのだ。これは最新の規定らしい。
今月13日延長手続きをした私の居留証は今日出来上がる。
リーは夜8:00頃まで帰って来ないし、その旅行社は自宅マンションと道路を挟んだ隣りのビルと近いし、今日私の居留証を持って帰ってから再度頼みに行く予定だ。

その後、夕立が来そうななか、急いでランのピアノ教室へ向かう。
先週とちがい、ランの前に小学校中学年くらいの男の子を父親がピアノのレッスンに連れて来ていたし、その男の子より1〜2歳上らしき女の子がフルートを吹いていた。
男の子が帰り、フルート少女は先生と2階へ上がり、ランは呉老師と個室に入ってレッスンを始めた。

昨日はもう一人いた。
現在大学院で美術を専攻している27歳の青年だ。そこのソファセットのあるちょうど真上の天井に、青空と白い雲が描かれているのだが、それは彼の作品だと言う。夢のある、さわやかな空だ。
そして、音楽教室で彼が何をしているかというと、、、ウクレレの先生だったのだ。おもちゃみたいに小さなウクレレが5〜6つあるのだが、ミッキーマウス、牛、人間の内臓などの油絵が施されていて、どれも上手でおもしろい。思わず笑ってしまう。
ダンボールから、真新しいウクレレを出す彼。
彼の授業は斬新だ。生徒たちのウクレレに下絵を描き、手伝いながら子供たちに色を塗らせる。そうして、世界に一つだけのマイ ウクレレが誕生し、それで習うのだ。

頼もしい青年だった。中学1年の時、Mr.Childrenを聴いた時、感動して以来、14年間ずっと彼らの音楽の支持者であるという。
社会性の強い映画が好きで、日本のそのテの作品にも詳しい。
話題豊富でずっと私に話しかけるのだが、うるさくないし、嫌味もない。このひと、一体これからどんな人生を歩むのだろうと強烈な興味さえ抱かせる。細胞一つひとつに創造性が組み込まれているようなのだ。
レッスンが終わったランや、いい子にして遊んでいたメイの相手もしばらくしてくれた。

私は古典絵画が好きで、ヨーロッパに行くと必ずその町の美術館を訪れる。
その青年は古典とは趣が違うが、芸術のすばらしさを表現する力を持っているように感じた。

おととい、実はランの従兄からもらった電子ピアノが壊れてしまった。
だが、その音楽教室では一時間50元(約170円)で空いているピアノで練習させてくれることを知った。
これから、できるだけ毎日、30分でもいいから弾きに連れて行こうと思う。
芸術っていい!
楽しいひとときをありがとう。
posted by マダム スン at 10:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 2009台湾夏報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月27日

雨乞い功を奏す。台湾総統、馬英九はこんな人物。

報告が遅れたが、私の切なる雨乞いが天に届いたのか、おととい午後3:00頃から外が真っ白に見えるほどの夕立が来た。それで、昨日朝の動物園も空気が清浄されたように、いっそう木々や花々が活き活きとしてきれいだったのかもしれない。

しかし、それでも台北の水不足は解消されていない。
昨日も少し降ることは降ったが、何とも腰抜けな雨だった。今日の夕立に期待したい。でないと、また35〜36度の酷暑は夜にまで尾を引く。

これまでに2度ほど、現台湾総統、馬英九に言及した。
日本では思いのほか取り上げられないが、彼の影響力は大きく、また台湾に待望の変革をもたらしている。
去年5月20日、馬氏が総統に就任した頃、私は「少年 馬英九」という本を台湾で読んだ。ファン、と言ってしまうのもあまり本意でないが、とても魅力的な人物なのは強調したい。
馬英九は1950年生まれ。台湾大学法学部卒業後、ニューヨーク大学で法学修士号、ハーバード大学で法学博士号を取得。ハーバード時代に妻の周美青と出会っている。結婚後、二女をもうけた。周美青は結婚後もバリバリのビジネスウーマンだった。
台湾帰国後、蒋経国総統の英語秘書と通訳を務め、だんだん政治の世界に入り、頭角を現す。
台北市長や国民党党首を経て、2008年第12代中華民国総統に当選、就任した。

彼の人柄の良さは昔から多くの台湾人から聞いていたが、その人気は長身と目を引く整った顔立ちにも支えられてきた。かなりの正統派2枚目だ。テレビのみならず、生で2回見たが、うっとりするのは私だけでない。
高い失業率、不景気、自然災害など、難しい課題は少なくないが、馬氏が真の救い手となり、彼の政治人生を存分に真摯に全うすることを願う。

みなさんもこれからは馬英九に関する報道に、以前よりちょっとだけでも興味を持って目と耳を傾けてほしい。
台湾で日本に関するニュースは連日と言っていいほど聞くことができるが、その逆はごく稀だ。ひどい例だと、タイも韓国も香港もマカオも台湾もいっしょくたになっている人さえいる。アジアとひと言でいっても
ひと括りにはできない多種多様な民族と歴史、文化がある。
posted by マダム スン at 11:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 2009台湾夏報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月26日

台北市立木柵動物園で過ごす日曜の朝。パンダが台湾に来た理由。

今、台北市立木柵動物園から帰って来たところだ。
家族4人で訪れたのはこれで3度目である。
台湾で広大な動物園と言うと、その木柵動物園とサファリ型のがある。
この暑い季節、開門の9:00には入園しようと、8:00過ぎにはマイカーで出発、渋滞に遭わなかったので、8:29にもう着いた。
しかし、それでちょうどよかったのである。夏休み中の週末は開門時間が8:30になっていたのだ。
入場料も大人60元(約200円)が休暇中は50元だし、6歳以下の幼児は無料!ただ、駐車場は一時間60元と高い。一時間20〜30元のところも多い台北で60元は高いとリーはぼやいた。
マイカーを使わなくてもいい。市バスもあるし、地下鉄木柵線の終点が「動物園駅」だ。

台北観光というと、故宮博物院や孔子廟、夜市などがすぐ浮かぶが、動物や自然が好きな人はぜひこの市立動物園に行ってみてほしい。広い敷地内は南国の木々や花で覆われ、木陰が多く、夏でも想像するよりは涼しい。きれいに管理されているし、動物の種類も多く、大人でも楽しめる。私にとってもお気に入りの場所のひとつだ。

今、この動物園でいちばん人気と言えば、昨年末、中国から贈られた2匹のパンダである。
入園時、すぐ「パンダ館入場券」を渡される。入場可能な時間が印刷された整理券だ。
私たち4人がもらった4枚には「9:10〜9:19」とある。9分間しかダメですよ、と厳しい。聞くと、毎9分間に400人を入れるそうだ。
新しく建設されたパンダ館はたしか3階建てと立派で、クーラーがよく効いている。
今年4歳と言う2匹はやはりまだ小さめで、可愛い。笹を一心に食べていた。ランとメイが生のパンダを見るのは初めてだ。

台湾に待望のパンダがやって来たのは、これまた、去年5月馬英九が総統に就任したからだ。その前の台湾独立を提唱する民進党政権時にはずっとパンダ受け入れを拒否していた。
旅客機の中国ー台湾間直行便が開通したのも、国民党が与党になって以来実現した。政治と言うものは、本当はこんなに生活と民に近いものなのだと実感する。

パンダ館を堪能してからも、きりん、シマウマ、象、カンガルー、虎、コアラ、駱駝、ダチョウ、羊などなどを巡り見て、11:00頃には昼食に園をあとにした。

台北市立木柵動物園。
にぎやかな台北中心部からも近い。
どうぞ、一度おいでください!
posted by マダム スン at 13:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 2009台湾夏報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月25日

もう一つのふるさと、珂婦産科へ。台湾の医院と総合病院のちがいと、今夜は水ギョーザ。

産婦人科を中国語で「婦産科」という。
このブログでもかつてたびたび登場した珂婦産科へ、昨日57番のバスで娘たちと出かけた。私は「産」無しの婦人科に少し診てほしいことがあって行ったのだが、予約したのはメイを取り出してくれたあの謝医師だった。
だいぶ大きくなった娘たちを見てもらい、診察も終了。薬を待ち、受け取るが、会計は最初の「掛号」(受付)の時に払った200元だけである。個人経営の医院や診療所ではだいたいこうだ。今週火曜日、骨科を受診したような総合病院では異なり、日本の病院のように最後に一括して治療費を払う。また、設備は整っているが、個人医院より割高なのが一般的だ。

さて、その後エレベーターで8階に上がる。出産後、ランもメイの時も10日間ずつお世話になった産褥期ケアセンターに当時から執務する女性がいるので、久しぶりに顔を見に行った。
「生まれた時、あんな小さかったのに、大きくなったわねえ〜!」
と驚き、喜んでくれた。
仕事中なのでほんの10分ほどの語らいだったが、懐かしい場で馴染みの人たちに会うと、心が安らいだ。娘たちが誕生した珂婦産科はある種、ふるさとの役割さえ担っている。

昨日金曜日の午後から雨の確率がぐっと上昇し、その傾向は月曜日まで続くと言っていたのに、いまだにひと粒の恵みの雫も降って来ない。どうなっているのだろう。これでは大地も人も干上がってしまう。そして、今日もオソロシイ暑さだ。
さっき台所で昼食を作ったが、40度くらいになっていたと思う。
しかし、今夜は我が家が「水ギョーザ」と言えばあの店、と決めているバイクで5分ほどの小さな老舗に行く予定だ。私は炊事を免れるし、家族中大好きなその店の美味を味わうのが楽しみだ。
だいたい台北で手作り(「手工」という)ギョーザは一つ4元が相場だ。10個で40元、約130円なり。
posted by マダム スン at 14:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 2009台湾夏報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月24日

パスポート切替準備、証明写真を撮りに行く。水遊びの午後、英語学習はかどる。

そろそろ娘たちのパスポート切替の準備を始めなくてはならなくなった。幼い彼女らはまだ5年間有効のものしか取得できない。写真、戸籍謄本、現行のパスポートなどをそろえればよい。
今回切替が必要なのは、ランの日本のと、メイの日台両方のパスポートだ。日本のは台北市内にある交流協会へ自ら出向き、申請する。台湾のものは旅行社に依頼するが、いずれも2週間ほどで取得可能だ。このために、しっかり日本の戸籍謄本も2部持って来た。

台湾の規定も最近厳しくなり、証明写真も気を遣う。
昨日午後、2人を連れ、近所の写真屋へ出かけた。歯を見せてはいけないので、笑って!と言ってもぎこちない2人。カメラを構えるのは女将さん(ダンナはいるだけで、奥さんが取り仕切っている)で、うまくランたちを誘導してくれる。
各8枚ほど撮り、すぐパソコンに取り込み、その中から選択できるのでよい。女将さんと2人で選び、「明日正午以降に取りに来てね」と言われる。
直径10cmほどのディスクに焼いてくれるようになったが、一人分400元
(約1300円)だから、日本とさほど変わらない。

ランは水鉄砲を牛乳パックで作ったものだから、ずっとバスタブに水をはって遊びたいとうるさかったので、帰宅後メイと2人お風呂場で水遊びをさせた。ちょうど、もっとも暑い午後2:00頃から一時間近く2人は髪の毛を全部濡らしつつ、楽しんだ。
私はこの40日間台湾里帰り中、英語をやり直そうとちゃんと教材を購入していた。昨日は水遊びのおかげで、ふだんより長く英語の復習ができた。ブログ冒頭でも書いたが、私は英文科卒で、かつてはある程度の英会話には困らなかったのが、中国語にすっかり押され、情けない状態になっている。娘たちが成長したら、また世界を旅したい。がんばるぞ!
posted by マダム スン at 07:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 2009台湾夏報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月23日

快適な台北MRTに乗り、娘たちと八里のシスターを訪ねる。帰りは公館立ち寄りコースに。

今朝7:00すぎ、リーのケータイに義母から電話がかかってきた。
先週土曜日帰ったばかりの苗栗の実家に今日からしばらく避暑に行く、と言う。
しかし、曾祖母宅は冷房がなく扇風機だけ、暑がりの義母にはつらいのでは、、、、、
でも、義母は苗栗は田舎だから特に朝夕はまだ涼しいのだと言い、今日電車でひとり帰省することになった。
苗栗は暑い、と予定より早く台北に戻ることもこれまであった。それでも一か八か行ってみる気になるのは、このところ台北がオソロシク暑いからだ。都会はまさにコンクリートジャングル、田舎の方が気分的にも過ごしやすいのは理解できる。
昨日台北の最高気温は37.2度、「大暑日」の今日は36度の予報だが、油断はできない。義母はたまらなくなったのだろう。

そんな酷暑の昨日は大切な約束があった。
2001年2度目の留学で台湾に渡り来てまもなく出遭ったとてもつらい出来事の際、教会の関係者に探してもらい、助けを求めた日本人シスターに会いに行くことになっていた。(当時のエピソードはバックナンバーにある)あれ以来、親交は続いているのだ。
22日、お昼を一緒にするくらいなら時間が取れるということで、11:30頃伺う段取りになっていた。

まず706のバスで地下鉄(MRT)頂渓駅へ、そこから淡水線の関渡駅まで乗り、下車後、紅22のバスで聖心女中というコースをとった。シスターは幼稚園から高校まで一貫教育を行なうその学校の広大な敷地内にある修道院で暮らし、執務している。
ランもメイもめったに乗らない電車がうれしそう。最大の台北駅から数駅過ぎると、電車は地上に出て、冷房の効いた快適な車内からなかなかいい景色が眺められる。
幸運にも、北投駅まで乗り換えなしで行けたので、乗り換えは一度で済んだ。北投駅で淡水行きの列車に乗って3駅目が関渡だ。
台北の地下鉄は今なお路線拡張が進められ、どんどん便利になっている。運賃はバスより割高だが、それでも安いし、駅や車内で飲食禁止措置をとっているため、清潔なのもよい。

八里という名の町の川沿いの丘に、その修道院は建つ。
上り坂はきついが、緑が繁り、以前と変わらず美しい。

約2年ぶりのシスターは白髪が増えたようだが元気そうで、私たちの来訪を他のシスターたちとともに大変喜んでくれた。
子供たちが来るから、と昼食には海老とパインのピザを焼いたり、おいしいアイスクリームまで用意してくださっていた。
ランとメイがいてはゆっくり話はできなかったが、シスターを訪ね、初めてここまで成長した娘たちを見てもらえただけでもありがたかった。

帰りは別のルートをたどった。新店線の公館まで地下鉄に乗り、少し買物してから帰ることにした。公館からだと311のバス一本で自宅前まで帰れる。
公館は台湾の最高峰、台湾大学の最寄り駅で、夜市でもにぎわう馴染みのスポットだ。気候がよければ、椰子の木が並ぶキャンパスを散歩してみるのもいい。
posted by マダム スン at 10:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 2009台湾夏報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月22日

持病治療開始。初めて「骨科」を受診する。台湾でも皆既日食。

「台湾天気大好!」と朝のニュースで皆既日食の今日、台湾が晴天に恵まれたことを祝い、伝えている。こちらでも盛り上がっているのだ。「大好」は「大変よい」という意味だ。
たしかに数日前から皆既日食に関する特集番組や報道が増えているのは知っていた。リーは起床後、何やらめったに開けない棚でごそごそしていると思っていたら、今では懐かしくなったカメラのネガフィルムを取り出してきた。
「ゆうべテレビでこれの黒いところで見るといいって言ってたんだ。会社に持って行って見るぞ!」
と意気込んでいる。
日食観察には良いが、今日も昨日同様うだるような暑さ、早くも太陽がガハハと笑っている。はーっ><;

昨日は義母に娘たちを預け、義母宅から徒歩5分くらいの所に去年開院した総合病院へ行った。医療費が日本より安い台湾で診てもらうのもいいだろうと帰って来た。持病や気になっている部分の治療も台湾里帰りの目的の一つなのだ。
台湾では、半年以上不要なら健康保険を一時停止することができる。その間、保険料を払わなくて済むのだ。それでリーは私たち母娘3人のそれを止めていたので、先週再開手続きをしてくれたところだ。

このブログでも少し前に書いたが、2004年春、ランが生後7〜8ヶ月になった頃から腰痛が始まった。
その後、痛くはないが、たまらないほどだるくなり、最近薬を飲んでも以前ほど効かなくなってきているので、検査した方がいいと思っていた。
受診したのは「骨科」。台湾では整形外科を骨科というのだろうと思っていたら、なんと整形外科もある。夜、リーに尋ねたが納得する答えは得られなかった。どう異なるのかまた調べてみよう。

とにかく骨科でレントゲンも撮った。ちょうどだるいところに「炎症が起こっている」と蔡医師は言い当て、さすがと思う。問診時より重症とわかり、採血してさらに検査することになり、その結果を聞くのも兼ねて来週再受診することになった。蔡医師はその場で予約を取ってくれた。蔡医師の日本人の友人が東京で医者をしている。その医師の姓が私と同じで、互いに親近感が湧いた。

会計を済ませ、薬も受け取り、全行程は一時間ほどで終了した。
義母宅に娘たちを迎えに行き、3人めまいがしそうな炎天下、我が家に歩いて帰った。
3:40帰宅。
そして、私はまたすぐ行きつけの婦人科へ予約の電話を入れた。ランとメイを出産した病院である。
posted by マダム スン at 08:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 2009台湾夏報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月21日

母、二胡。娘、ピアノ。音楽に彩られた午後。

昨日は台湾諸々の社会問題に言及したが、「由々しき状況」の中に晩婚非婚化は含まれていない。
あとで読み返してみて、誤解されるのではないか心配になり、こう記しておく。
私は2度結婚し、子供も産んだが、ひとは必ず結婚すべき、子供を持つべきだとは未だに決して思っていないのだ。いろんな人生があってよい。

さて、昨日午後1:30、とうとう蔡老師が我が家に来てくれた。2回延びただけに、そして、1年ぶりの再会に感慨もひとしおだった。
今回の台湾滞在期間は限られているため、日本にいた時すでにメールで教授してほしい曲目を告げていた。二胡を始めて以来聴いていたCDで知った古典のひとつで、いいなあ、きれいだなあ〜と心中絶賛していた。
いつもは老師が曲を決めていたが、僭越ながら今回は私が指定させてもらった。楽譜がないと言うと、蔡老師がコピーして持って来てくれた。
その有名で難度の高い古典の曲は「二泉映月」。

老師が見本に弾いてくれるのだが、さすが、やはり私なんかと音色がちがうのだ。CDではなく、大好きなメロディが目の前で美しく流れ、じわ〜っと感動が全身に染み渡る。
蔡老師によると、「二泉映月」の作者は盲目で、現存の楽譜はすべて誰かが書き写したものらしく、ひとつの定形はない。少しずつちがうものが何種類かあるらしい。
そんなエピソードを聞くと、いっそうその曲の旋律が特別で清らかに聴こえてくる。パソコンで聴けないものだろうか。みなさんにも聴いてもらいたい。
わかってはいたが、難しい。まだ4分の一ほどしか教えてもらっていないが、四苦八苦だ><;でも、弾きたい。早く弾きこなしたい。

二胡の後、3:00からのランの初ピアノレッスンに急いだ。一時間音楽教室にいるため、メイも一緒に行く。
楽譜をもらい、ランは呉老師と2人小部屋に入り、同じ椅子に腰掛ける。時々きゃっきゃっとはしゃぎ合いながら楽しそうだ。ランが弾く音も聞こえ、微笑ましく、胸がポッと温かくなる。

老師との相性は思いのほか大事だと言うが、ランは呉老師が気に入ったようで、これまためでたい。
3人で手をつなぎ、途中お米を買い帰宅した後、すぐ私もランも今日のレッスンの復習をした。

あ〜、なんて音楽とはすばらしいのだろう!
それに向き合い、共生する人間の姿にも私は惹かれるのだ。
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2009年07月20日

少子高齢化、高い離婚率、DV,虐待。台湾も多くの社会問題に病む。夏バテにカレーのランチ。

今朝からは曇っており、強烈な陽光がないので幾分過ごしやすい。
予想気温、台北28〜35度だが、35度にはおそらくとどかないだろうし、それを望む。
私に輪をかけて「痩せの大食い」なランでこそ、台湾に来てから明らかに食欲が落ちている。これは相当ニュースな現象である。

昨日の日曜日は、ランが通っていた幼稚園が外部の子供でも参加可能な粘土遊びのミニクラスを開いたので、母娘3人で午前10:00から出向いた。ランの従妹で元クラスメイトのイーハンとそのママと合流し、おしゃべりしながら粘土をこねこね遊んだ。
ほとんどの保育士は去年までと同じメンバーで、「あら、帰って来たの?」などとおおぜいから声をかけられる。
元担任の陳老師としばらく立ち話した。去年は180人以上いた園児が20人ほど減ったという。台湾も少子化及び高齢化が進んでいる。晩婚化も顕著だし、生涯非婚の人も増えている。
また、離婚率は高いし、DVや幼児虐待の事例もすっかりめずらしくなくなっている。どこも似たような由々しき状況にある。

予定よりずっと長引き、11:30まだ8割がた帰ろうとしない参加者たちを後にし、時間を見計らって来たリーと、イーハン親子とともに彼女たちの家を訪ねる。イーハンの祖父がリーの父親の弟にあたる。日本のおみやげを持ち、1年ぶりに顔を見に行く。持病を患う叔父だが、血色も良く、がっちりした体格は健在で、とても元気そうで安心した。

今日はさきほど娘たちと隣りの大型ショッピングセンターへ買物に出かけた。お昼はカレーライス。夏バテ気味な娘たちも喜ぶだろう。
台湾でもカレールーの主流は日本のものである。韓国もそうだった。日本のはおいしいと言われる。
娘たちのはバーモントカレーの甘口、私は辛口だ。あと数種類、日本のメーカーのルーがここでも手に入る。
ちなみに、バーモントは「佛蒙特」と音訳されている。
本当に中国語圏では、漢字とローマ字のみの表記なのである。
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2009年07月19日

客家の里で曾祖母と再会。南国の果物や野菜が実る義母の生家での休日。

北二高は最北端の基隆市から最南端の屏東縣まで貫く高速道路である。
中和インターチェンジからそれに乗り、一路、苗栗縣へ。
7:45分に台北を出発し、9:00ちょうど義母の生家に到着した。
まだ写真をUPできなくて残念だが、いかにも台湾の田舎らしい、古風で簡素な平屋に、88歳の曾祖母がひとり暮らしている。
台湾総人口の3分の1ほどは首都の台北に集中しているため、一歩そこを離れると山や田畑の緑が近くなる。曾祖母宅も私の日本の実家を彷彿とさせる静かな田舎にある。

苗栗や新竹といえば、客家人が多く住む地域で、義母も客家人だ。
昨日は義母の2人の妹と弟夫婦、それに従兄も集い、朝からにぎやかになった。
ふだんは昨日ほどでないがそれなりにひと気がある。曾祖母は高齢と持病が進み、特に、近くに住む義母の弟と一番下の妹がだいたい曾祖母の世話に来ているのだ。
台北から5人やって来るとあって、昨日はみんなが食材を持ち寄り、歓迎してくれた。

私は少しでも涼しいうちに二胡を弾き、リーと娘たちは周辺を散歩したり、半年前、叔父がもらって来たという艶の良い黒毛の子犬がつながれ、ちょうど木陰になるあたりに座って遊んだりした。
その木は日本にはないスターフルーツの木で、リーの車のそばにはまだ濃い緑のバナナがたわわに実っているのが見える。
その後ろには小川が流れており、川沿いにはグレープフルーツや木瓜が生っている。釈迦、という台東が産地の珍しい果物の木まであることに今回初めて気づき、びっくりする。お釈迦様の頭の様子にそっくりの外観からその名がついた。本当に似ている。種が多く食べやすくはないが
独特の食感で、甘く、私は好んで食す。

義母が曾祖母に大きな声で話すのが聞こえてくる。中国語でも台湾語でもなく客家語である。中国語しか私は解せないが、客家語と台湾語が異なるのは聞いているとわかる。ちなみにリーは成人してから台湾語を習得したが、客家語はできない。

さて、正午になった。
テーブルにのりきらないほど、大皿のご馳走が並ぶ。野菜はほとんど曾祖母の畑で採れた無農薬のものだ。今は叔父たちが曾祖母に代わり、畑を守る。暑いなか、心のこもった郷土料理を作ってくれたことに感謝の念が湧く。
しかし、毎回私は曾祖母宅で少ししか食べられないのだ。もちろん遠慮なんかではない。会話に困ることもないが、客家人の食事はものすごく油っこいからである。

台北でも、家庭で食べるより外食は油っこい。しかし、私が作るものより義母の料理の方がずっと豊富に油が使われる。苗栗ではまたその数倍油っこく感じる。味つけはおいしくても多く食べられないのだ。残念。

午後ひと休みして、叔父や叔母が川に遊びに行こうと誘った。リーも子供の頃、川で水遊びしたもので、私はちゃんと娘たちの水着や着替えを持参していた。
私はバテ気味で、大好きな曾祖母が午睡中のその時、別室で目を閉じ休んだが、ランもメイも大喜びでついて行った。リーによると、叔父は黒い子犬も連れて行き、泳がせたらしい。

昨日、苗栗は曇りがちで風もあり、庭の木陰に椅子を出し談笑できる貴重な一日だった。
1年ぶりに大好きな曾祖母と再会し、耳の遠くなった彼女の耳元でたくさん話もできた。日本語教育を受けた世代の曾祖母は、私にしょっちゅうきれいな発音で日本語を話す。

午後4;00、辞する時、私は曾祖母の頭を抱き、おでこに2回キスをした。すると、とても切なく涙がこぼれた。来年も元気で私たちを待っていてほしい。

往路よりは15分ほど時間がかかり、5:40台北の自宅に帰る。
おとといまでの2日間吹き荒れた強風が止んでおり、室内32度、リーはたまらずクーラーをつけた。
私が就寝する10:00でもまだ31度あったが、心地好い疲れのおかげか、私はいつも通りクーラーなしでも深い眠りに落ちた。
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2009年07月18日

仙草、豆花、芋円、、、台湾伝統スイーツは冬も夏も美味で豊富。

昨日は夕食後、夕涼みを兼ねてラン、メイと6:00すぎ、だいぶ太陽がおとなしくなった頃出かけた。
「今日はお外で何か食べる?」
とひと言言ったが最後、ランはしっかと覚えていて、「冷たくて甘い物がいい!」と指定までしていた。

そこで、自宅から徒歩7〜8分に新しくできた「鮮芋仙」に決めた。
仙草や豆花、芋円など、台湾伝統の食材を使ったデザートの店だ。
仙草は漢方の一つで、シソ科の植物、煮詰めてできたエキスをゼリーにして食す。
豆花はいわば甘い豆腐だ。一般の豆腐よりプルプル、きめが細かい。
芋頭を使って作る芋円はトッピングの常連だ。
いずれも冬はホットで、夏は氷とともに楽しめる。私はどれも大好きだが、昨日は娘たちがいるので、甘く大きい小豆(花豆)と氷がたっぷりかけられた豆花をひとつ注文する。

どれくらい量があるかわからなかったので、まず一杯頼んだが、いわゆる丼鉢になみなみと盛られているのでそれを3人で分けるとちょうどよいくらいだった。35元ポッキリ。100円ちょっとでこのボリュームだ。
娘たちも目を細め、「おいしい!」を連発、あっという間にごちそうさま。

このところ現地の人も「超級熱!」な天気、冷たいスイーツ店は一日中大繁盛している。
老舗からチェーン店まで、全土に大小さまざまな店を構え、私たちにささやかなシアワセを提供してくれる。

まもなく苗栗縣に出発だ。
今夜は遅くなるかもしれないので、苗栗報告はまた明日に。
大家明天再会!
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2009年07月17日

義母宅泊したメイを迎えに行って朝市へ。ようやく帽子をGET,でも、二胡レッスンはまたもや延期。

義母が今度は次女のメイを預かると電話をかけてきたので、リーが帰宅後ゆうべ8時すぎにバイクで送って行った。ランと異なり外泊が好きでないメイだが、嫌がらずに行ったのでホッとする。

フィリピン沖にある台風の影響で、ゆうべから強風がぴゅーぴゅーと吹き荒れている。気温は今日も台北29〜35度の予報、台風は進路を曲げ、香港の方向へ行ったらしいが、むわっとした蒸し暑さと風だけを台北にもたらしている。
日本人からすると、台湾は1年の半分ほどが夏と言える。一応、四季はあるが、有名無実に近い。
長い夏のなかでも盛夏は日本同様7月中旬から8月いっぱいで、我々母娘3人は、この殺人的猛暑をめがけて台湾に帰って来たことになる。

今朝9時頃、義母が今日午後用事ができたと電話をかけてきた。
私とランは市場へ行く準備をしていたが、予定を変更して、まず歩いて義母宅へメイを迎えに行くことにした。
台湾の学校は6月下旬に夏休みに入る。一歩外に出ると、そこかしこに子供たちの姿に出会う。子守りも大変だろう。
台湾は基本的に夫婦共働きが一般的なので、日本よりずっとおじいちゃん、おばあちゃんに連れられている子供が多い。嫁姑の関係云々というのはどこの国でもあるようで、台湾でも核家族化が進んだが、やはり子守りの頼りは親なのだ。

義母宅は我が家から徒歩10分あまり、5階建て、管理人なしの古典的アパートの2階にある。地震国台湾で2階は理想的だが、11階のこの家ほど風通しが良くないし、蚊が多いのが難点だ。

10分ほど談笑し、礼を述べ、義母宅を辞す。
最寄りのバス停からバスに乗り、市場へ行く。市場と義母宅の中間点に我が家があるため、義母宅まで行ってしまうと市場まで遠くなってしまうのだ。
娘たちはバスが大好き。おまけに彼女たちはまだ料金が不要だ。
このところ、ずっと探していたがちょうど適したものがなかった彼女らの帽子。いちばんの目的はそれだった。
その朝市は、年中固定した店が7割、残りの3割は毎日入れ替わる。いずれも店を出す許可を得ていて、その手続きをしていない者は、警察による抜き打ち取り締まりで罰金をとられるなどする。そういう光景は決してめずらしいものではない。

「ありがと。10元おつりね。毎週金曜日に来てるから、また必要なものがあったら来てね。」
などと声をかけられる。常時出店していない者は、そのように曜日を決めたり、不定期にやって来て商売するのだ。
よって、前回来た時には「帽子屋」は見当たらなかったが、ある程度の期待を抱いて行った。
果たして、いたのだ、帽子屋が。店主は40代の女性だ。10分くらいサイズやデザインに迷ったが、無事2人の夏用帽子GET。これでギラギラ太陽から頭を守れる。
茄子など3種類の野菜も買って、マンションまで歩きついた時、ケータイが鳴る。二胡の蔡老師からだった。もともと木曜日だったレッスンが今日になり、今日も来られなくなり、来週月曜日になってしまった。はー、残念><

このPCの席から左に視線を移すと、東向きの窓から観光名所のひとつ、のっぽな「台北101」が見える。夜景も悪くない。
さあ、明日は土曜日。朝8時前にリーの運転で出発、義母も乗せ、苗栗縣の祖母宅へ行く。山に囲まれたのどかな田舎、義母の生家がそこにある。
posted by マダム スン at 15:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 2009台湾夏報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月16日

高雄でワールドゲームズ開催。ランの母校と、音楽教室を訪ね、驚く。

昨日は結局、夕立は来ず、夜になっても室内31度。リーと娘たちはクーラーをつけて寝た。私は冷房に弱い体質で、別室にて就寝。
6:00頃からギラギラと太陽が照り始める。今日の台北の予想気温は29〜35度、気象予報士のおじさんが暑さ、紫外線対策をおこたらぬよう念を押す。最低気温が29度、、、トホホ。昼と夜の2回、ランとメイのシャワーが必要だ。

オリンピック種目以外の競技を集めた「ワールドゲームズ」が台湾第2の都市、高雄で今日から開催される。国際級のイベントが台湾で開かれるのも、去年国民党の馬英久氏が総統に就任した所以である。中国との関係もぐっと改善、良好になってきている。

さて、昨日は午後去年7月末までランが一年間通った幼稚園を訪ねた。
徒歩3分の距離だ。今週日曜日、外部者でも参加可能なミニイベントがあるとリーの従妹から知らされたので詳細を訊くのと、ランの元担任、陳老師にちょっとしたおみやげを渡す目的があった。
ランもメイも勝手がわかる園内に入りうれしそう。陳老師も何度も2人を抱き上げ、再会を喜んでくれた。
しかし、陳老師が今月いっぱいで保育士の職を離れると初めて聞き、衝撃を受ける。詳しいことはまたゆっくり、ということになり、幼稚園を後にする。

それから、また3分ほど歩いて、かつて私が通っていた音楽教室に向かう。二胡の師匠、蔡老師はもともとそこの先生だったのだ。2人目出産後、我が家に来てもらうようになった。
実は、YAMAHAに行って短期間だけでもピアノのレッスンが受けられるか否か訊いておいで、とリーに言われていたので、午前11:00頃行ってみたがシャッターが下りていた。それで、私の「母校」を思いついたのだった。

顔見知りの受付女史が一人いて、私たちを歓迎してくれる。
そして、すぐに、この教室のオーナー(校長)が変わったのよ〜!と告げるので私はまた驚いた。
以前のオーナー夫婦はいずれも音楽、経営に関して素人だったのは知っている。そのため満足な収益を上げられなかったという。
新オーナーは国立台湾師範大学音楽科及び大学院卒の若い女性で、その校長になってからはすべて大学院在学卒業以上の講師に変わった。教室内も改装され、生徒数は倍増、YAMAHAから転校して来る者も少なくないらしい。
受付女史と希望するランのレッスン日時を告げ、ピアノ講師の中でその時間帯に教授可能な人がいるか探してくれる。あちこちに電話をかける受付女史。その結果、毎週月曜日午後3:00〜、東呉大学出身の講師となる。わっ、リーの母校だ。
しかし、最終決定は保留して帰る。リーはYAMAHAと言っていたので、私だけで決めることはできない。

夜、帰宅したリーはokした。1レッスン600元(約2000円)は高い、と言うが、個人レッスンならそのくらいが相場だ。
台湾の物価は日本より安いが、日本と同等またはそれ以上のものもある。教育費はそれに入る。

何はともあれ、ランは大喜び。ピアノの基礎だけでもしっかり身につけてほしい。日本で私や母が教えていたが、先生に習う方が確実だ。

昨日から娘たちがポロポロと中国語の単語を口にし出したぞ、楽しみだ。
posted by マダム スン at 08:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 2009台湾夏報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月15日

馴染みの市場で食料買出し。午後は内心ビクビク、髪を切りに行く。

現在、台湾午前8:30をまわったところ。
私は背後から扇風機の風を受けながらこれを書いている。
ランとメイは東向きの明るい子供部屋で、ママゴトらしき遊びに熱中している。さすがお姉ちゃんのランは移動する際にしっかり扇風機の方向を変え、風を浴びられるようにしている。
台湾の夏は早朝からこうだ。家の中、行く先々に「扇風機持参」せねばならない。今日は昨日より気温が上がり、また台北35度の予報だ><;

ゆうべ7:45頃、義母がいつまでランを見てくれるのか電話してみると
「はい、誰ですか?」
とランが出た。ラン、あんたそれ日本語よ、ママじゃない人が出たらどうするの?
「だって、、、、、」
洗面所にいた義母がまもなく来て、話をする。明朝用事ができたから、今夜リーの会社の帰りに迎えに来てくれないかと言う。それは全然問題ない。
「ランは私に日本語を教えようとするんだけど、アタシ、わからなくてねえ、、、」
何、それ?! 義母宅へ行けば、義母の中国語に喰らいついて行って、早く思い出せるだろうと期待してたのに、自分の日本語を教えるとは!

、、、まあ、そういうわけで、ランは一泊で我が家に帰って来た。

昨日、やっと炊事をする気力が出て来たので朝市に行った。
徒歩10分ほどだが、念のためメイに水筒を持たせて出発。案の定、彼女は途中何度もキティちゃんの水筒の水を必要とした。
お昼は簡単に済ませるとしても、夜は久しぶりの台湾で食べたいメニューが浮かんでいた。
市場は広く、食料品から化粧品、衣類、靴、各地の特産物、漢方、パン、手打ち麺、日用品など豊富に揃っており、だいたい朝7:00頃から午後2:00頃までにぎわう。
しかし、食料品、特に肉や魚が欲しいなら早い方がよい。特に豚は早朝にさばいた物をその日のうちに売り切ってしまう分仕入れる。暑い時期は早く買い帰って家の冷蔵庫に入れた方が安心だからだ。
それにしても、肉、魚はスーパーより朝市で買う方が新鮮である。量り売りしてくれるので、欲しいだけ手に入れることもできる。
「脂身の少ない挽き肉を200gください」とか「レバーを20元分ください」などとリクエストOK。目の前で即、肉の塊を取って、希望にあわせた形にしてくれる。料理好きにとっては、市場で食材を吟味して買うところから楽しみが始まる。

たくさんの店が並ぶが、私は野菜ならどこ、豚肉ならどこ、鶏肉ならあの店、と決めているので、思いつくメニューに応じて「いつもの店」を巡る。
昨日は八百屋と鶏肉屋に行った。どちらでも、
「あっ!帰って来たの?久しぶりだね〜!!」
と大将や奥さんたちが恥ずかしいくらい大きな声で再会を喜んでくれた。買物しながら、だいたいの近況報告をする。鶏肉屋では一番好きなもも肉を骨付きで買い求める。骨は取ろうか?と訊かれるが、今夜は三杯鶏を作るから、そのままでぶつ切りにしてほしい、と頼む。
三杯鶏とは台湾でポピュラーな家庭料理で、しょうが、にんにく、米酒、ごま油、醤油、砂糖、そして九層塔という香りのきついハーブで煮込む私の大好物だ。

目に入ったクコの実も小さい袋を購入。お湯に浸して飲むだけでもよい。目によいのだ。

帰り道、パン屋さんで食パンも買って10:00ちょうど帰宅。馴染みの市場の人々の弾んだ声が耳元に残る。

午後はメイと髪を切りに出かけた。去年あたりから台湾で流行し始めた「100元カットハウス」に行ってみた。カットの相場は子供なら200元、大人は300元くらいから、2000元という店もあるので、非常に安さをウリにした形態の美容室だ。リーが行きつけの店が休みだった時、一度行ったらしく、
「安いけど悪くないよ。」
と言う。それでも不安で直前まで迷ったが、「社会勉強」か冒険のつもりで試してみたくなった。

結果は。
上手なのである。軽快なハサミさばきは流れるよう。「切るだけ」だが、技術上問題はない。ホッとすると同時に、さっぱり可愛くなったメイにも満足。
こういうタイプの美容室がこの近辺には既にいくつかできている。

何度も言って恐縮だが、つくづく暑い。朝夕もほとんど気温は変わらないからつらい。ゆうべ10:00頃就寝時も30度。
今日は夕立が来ることを願う。
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2009年07月14日

長安楽器で二胡と陳老師とのしあわせな出逢い。今朝はメイと市場へ歩く。

台湾へ来てから、このブログを更新する時間が一定でなくなってしまった。娘たちは台北滞在の40日間は夏休みとなり、それほど厳しく就寝及び起床時間を守らなくてもよいし、リーが会社から帰宅するのも8時頃になるし、こういう機会だからこそ、時間に縛られず暮らしてみようとも思う。とにかくこのパソコンが故障しない限り、これまで通り毎日書くので見に来ていただけるとありがたい。

さて、昨日の続きである。
たびたび海を越えて移動するために、二胡をその都度持ち運ぶのに疲れずっと台湾に置いておくものを買おうと決めて今回帰って来た。
二胡の量詞は「把」という。一把目は2004年、二把目は2008年に台北市内にある古典楽器店で購入した。
バスを待つ間、よし、今回は長安楽器へ行こうと決断する。二胡友達に去年紹介されて、日本へ帰る前に二把入るケースを買ったことがある楽器店だ。以前二把の二胡を購入した店より古くて狭く、陳列の仕方も一見雑に見えるが、それがかえってマニアックで粋。二胡教室も付設され
ており、お手洗いはヒノキ造りで中国情緒漂うし、店員たちのマナーも良い。とにかく私のツボにはまったお気に入りの空間になったところだ。

台北の市バスは以前15元のまま値上がりしていない。乗りこなせれば安くてとても便利だ。
見慣れた風景に安らぐ。母校、国立台湾師範大学近辺に入る。観光名所の一つ、中正紀念堂を示す標識が立つ。
長安楽器はそれらから徒歩圏内の愛国東路71番地、1階にコンビニのあるアパートの3階だ。

店内には琵琶などの他の古典楽器や楽譜、楽器の備品などもあるが、やはり二胡がいちばん品揃え豊富だ。20代と思しき女性の店員は私を覚えていてくれた。
二胡は日本円で1万円くらいから高いのだと100万円ほどのもあるから、まず予算を明確に伝えなくてはならない。
次に私は「蘇州か北京で、紫檀のが欲しい」と言った。あと、あまり派手な彫りやデザインがない方がよい。
二胡の3大産地は北京、上海そして蘇州で、それぞれに特徴がある。
また、紫檀は紅木や黒檀より二胡に適していると聞く。

男女2人の店員が、その条件に見合う品を探し、壁から下ろしてくれる。竿がまっすぐか、蛇皮がきれいで「うろこ」が均一か確かめて、合格なら弾いてみる。
最初弾いてみた二胡は外観かなり気に入ったが、音が期待はずれだった。高く乾いた音がする。
そこへ、眼鏡をかけた年配の男性が来て、その二胡を再度調音しながら弾く。
「うん、これは人間で言うなら若く元気な男性の声だね。君はこういう音は好きじゃないんだな。」
と言う。実にその通りなのだ。
その直後に若い店員が出して来た二胡は、先ほどのより少し安いが音は私の好みにぐっと近づいた。
また、眼鏡の男性が弾いてみて言う。
「さっきのよりかなり厚みのある音がする。経験を重ねた年かさの声だな。ふむふむ、君はこういう音を求めてるんだな。」

値段もいいくらいだったし、私はほぼそれに決めてお手洗いを借りた。

しかし、出て行くと、また年配のあの男性が別の二胡を弾いている。
「君はすでに4年あまり二胡を弾いている。自分の好みもわかっている。予算からさほどかけ離れていないなら、もう少し他のも吟味してから決めたらどうかな。これなんかいいよ。」
と勧められ弾いてみる。
わっ、やられた、と瞬時に思った。すばらしい弾き心地と厚く、深く、柔らかい音。
値段を見ると、さっきのより2万5千円ほど高いが、何とか大丈夫な範囲だった。その上、蘇州産で紫檀だ。
もう一本若い男性店員が持って来る。
「おっ、これもなかなかいいぞ。」
年配の彼はしばらくそれでスタンダードな曲を弾く。
「うん、これもいい。でも、やっぱりこっちかなあ。さ、あとは自分で確かめてみて。」

「これがいちばんいいです!」
私は感激しつつ答えた。
「お、すごいな。よくわかったね。君の言う条件ならそれが最高じゃないかな。」
と彼は褒めてくれる。
ぐっと値段は上がったが、あの音を聴いてしまった以上どうしようもなかった。お手洗い前の一把と並べると、蛇皮の艶やうろこの形の美しさもずっとよいことが一目瞭然だ。

眼鏡の男性は、長安楽器が総統府 国楽社から招いた二胡の先生だった。ちょっと弾き聴いてみて、その人の好きな音を理解する。さすがプロである。
二胡は一生もの。将来ランやメイも弾ける。ここはケチらずに「運命の一把」に決める。いや、実際もうあきらめられなかった。

予備に一本弓も購入する。二胡の備品は日本で買うととても高い。
二胡を買うと、松脂、弦とケースもセットになっているのが普通だ。一時間ほどの二胡選びは円満に幕を閉じる。
その時、眼鏡の男性は名刺を差し出した。私も名刺をもらえないかと思っていた矢先だった。
陳老師。
二胡選びはプロの意見を聞くに越したことはない。私は幸運にも昨日そんな人と出会い、満足する一把とめぐり逢うことができた。感謝、重ね重ね感謝。

さて。
ランが今夜も義母宅に泊まるらしい。中国語がほとんど話せないランがどうやって義母と意思疎通しているか興味津津である。

今朝はメイと市場へ行った。
今日も暑く、食欲がないが、そろそろお昼の用意をしなくては。
ではまた明日。
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2009年07月13日

いざ、居留証更新手続きへ。午後は市バスで楽器店に行く。

ゆうべはバイクでリーの実家へ行った。
5分足らずで行ける距離で、現在は義母がひとりで暮らしている。
義母は19歳の若さで嫁ぎ、ほどなくしてリーたち3人の子宝に恵まれたのでまだ63歳である。
義母の手料理をよばれて7:30頃帰宅する頃には風が強まり、日中よりだいぶ涼しく感じ、ホッとする。家族みな、冷房をつけずに眠れた。台風みたいだな、と思っていると、台湾の南海上に低気圧がいたせいだと今朝わかった。
おととい台湾に着いた日と昨日は恐ろしく暑かったが、それもそのはず昨日台北は35.5度、台湾でいちばん高温だったさらに北部の淡水は36度を超えた。
だが、今日はその低気圧のおかげで雲が多く、時折パラパラと小雨が降り、台北33度、かなり涼しく感じる。2〜3度低いだけでぐっと楽だ。

ゆうべはぐっすり熟睡、ようやく活き返った。
リーは一日休暇を取り、半日つき合ってくれた。
午前8:30、家族4人マイカーでまず隣りの市にある内政部入出国及移民署へ。「部」は日本語の「省」にあたり、内政部はいわば国務省のような機関である。そこで、7月16日に期限が切れる私の居留証の更新だ。有効期間あと3日のみ、間に合わなかったら大変だ。娘たちの幼稚園が夏休みに入る前に日本を発たねばならなかったのはそのためだ。

現行の居留証、写真一枚、台湾の戸籍謄本。
必要書類を何度も確認し、今回も3年間有効な居留ビザを求め、挑む。
番号札を取り、順番を待つ。相変わらず次々と人が出入りし混雑するが、改装されて広くなり、職員の数も増え、意外と早くさばけるようになっている。
リーたち3人は車中で待っている。
15分ほど待って、私の番が来た。緊張しつつも、3年より長いビザは下りないのか尋ねてみる。日本の運転免許証にも5年間のゴールドカードがあるではないか。
しかし、3年が最長であるどころか、キリリとした女性職員に、
「ちょっと待って、何年のビザを出せるか審査しますから。」
と言われてドキッ。台湾人と結婚したから無条件で最長の3年間有効ビザがもらえるとは限らないのだ。
「お子さんはいますか?」
「はい、2人います。」
心臓がバクバクする。ここ1年近く日本で暮らしていたのが影響するのではないか。3年は無理?どうしよう。でも、とにかく期限内に来たのだから1年は絶対大丈夫だ。せめて2年間のをください、お願いします、、、、思いと願いが駆けめぐる。

「うーん、見たところ問題ありませんね。3年間のがいいんですか?」
あー、よかった! 
私のように台湾人と結婚し、しばらくすると最長3年の居留ビザを取得可能だが、1年でも2年でも自己申請できる。私はもちろん、
「はい、それでお願いします。」
と頭をちょこっと下げた。その間、こういう手続きに来なくてもよいし、何度でも台湾に入国でき、逆に1度も出国しなくてもよいのだから長いほどありがたい。

ふーっと安堵、急いでリーたちの待つ車に走る。約25分ほどで完了した。
その後、リーの会社へ行ったり、長らく使用せず機能しなくなっていた携帯電話を復活させる手はずを整えたりしてお昼に。
ランはリーのバイクで義母宅へ、今夜は台湾のおばあちゃんちで寝る。

リーとメイが昼食を食べ終わる頃、私はまたひとりで外出。自宅マンション前にあるバス停から214番の市バスに乗った。
あさって木曜日に蔡老師にレッスンしてもらう予約をメールで済ませている。できるだけ早く二胡を買いに行きたかった。

長くなるので続きはまた明日。
3把目の二胡がすでにテーブルの上にある。
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2009年07月12日

ゆうべ台湾到着、マンション11階、台北の自宅から。

昨日、JAL653便で無事台湾に帰って来た。飛行時間は2時間10分、自宅から関空までの所要時間より短い。
それもそのはず、日本地図をご覧になるともっとよくわかる。沖縄から視線を少し左に移動させると、すぐ台湾が視界に入る。とても近い島なのだ。

台北桃園国際機場到着は、午後8:35。
台湾は日本より一時間遅れなので、日本では9:35、ふだん私もランもメイもすやすや眠りに就いている時間だ。
大好きなチャイルドミール(幼児用機内食)に満足した娘たちは、ほどなく寝入ってしまった。
可哀想だが起こしてもうひと仕事しなければならない。税関を通り、預けていたスーツケース2つをベルトコンベア(?)から下ろし、到着ロビーに来ているはずのリーのところまでたどり着かねばならない。

飛行機を一歩出ると、むわっと熱気。
はあーっ、やっぱり。機内で30度と放送があったが、それよりもっと暑く感じる。あの、肌にまとわりつくような暑さだ。
新しい空港ビルは清潔で明るい。税関で少し迷ったが、外国人の方の行列に並ぶ。娘たちは台湾のパスポートを持っているが、私は無いのでそうした。私たちのようなタイプはどちらでもいいようだ。

税関の次に荷物を受け取り、リーの出迎えを受け、マイカーで台北の自宅に着いたのは10:00前。
娘たちは眠気が覚め、結構元気にシャワーを浴び、2段ベッドにもぐり込んだ。
脳の6割ほどがすでに機能していない私も、娘たちの世話を焼いた後シャワー。
暑い。覚悟して来たが、尋常な暑さではない。
11:15頃ようやく就寝。冷房が嫌いな私は、天井の吊り型扇風機「強」
でちょうどよい。

場所が変わったせいか、神経が高ぶっているのか、夜中2度ほど目が覚め、朝も6:00には起床した。リーも娘たちも安眠できず。あろうことか子供部屋のクーラーが故障して、ランは「寝られない、寝られない〜!」と夜中泣いた。トホホ、、、

一夜明けてまだ頭が重いが、さっき家族そろって隣りの大型ショッピングセンターに買出しに出かけた。
今、リーが昼食のラーメンを作っている。
「私はお腹空いてないからいいよ。」
父娘はラーメン後、水のシャワーを浴び、一緒に午睡予定。
私はこの後、ひとりで市場へ行き、外で何か食べようとひそかにたくらんでいる。冷たい豆花なんていいなあ。台湾伝統の豆腐を用いたスイーツである。いろいろトッピングできておいしい。夏は氷も加える。

さあ、出かける準備だ。
リーが冷房をつけた。
今日も酷暑。でも、これが台湾、これでこそ台湾。
posted by マダム スン at 12:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 2009台湾夏報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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