まず、女性より男性の方が新たな環境への適応力が乏しいとは聞いたことがある。
そして、今のソウル支社は前任者の無謀で、一種犯罪とも言える行動で荒れているらしいから、その後処理と復活をかける重責に、会社の幹部たちは及び腰なのだ。通訳兼秘書がいるといっても、ハングル語を自分で操れない不安と不自由さも痛いところだろう。
それまでから、社長とリーはあまり馬が合う方ではなかった。リーは米国でMBA(経営学修士号)を取得しているくらいだから、起業にずっと興味もあり、転職やそれへの意欲をたびたび表してもいた。
幹部たちは「お前が行くのがいい」とリーを推す。
何だかんだ言っても香港の時のように、結局社長が頼るのはリーだった。
ソウル転勤を断れば、今退職するしかないような成り行きになっていた。
転職や起業にしても、まだ具体的な構想などない。
それなら、これが最後の任務と観念してソウル支社長を引き受け、その役目が終わった時にこの会社からも去ればいい、という構えになるしかなかった。
周囲の誰もが嫌がるソウル行きを受けるのだから、会社が提示した待遇はすこぶる良いものだった。リーはそれを要求する権利みたなものさえ感じた。
家族全員で暮らせること。
家族にも半年に一度は台湾ー韓国間の往復航空券を提供すること。
など、引けないものはあったし、会社も承諾した。月収は2倍、家賃、光熱費、電話代など一切会社が持つ。
こういう駆け引きをくり返すうちに、我が家のソウル行きはどんどん実現に向けて動き出した。