2009年05月11日

「どこで出産、誰が主治医」は大事なこと。

2週間に一度から一週間に一度になった定期健診。
毎回前日には珂産婦人科に予約の電話を入れたが、そのたび「陳医師はお休みです。」と言われるようになった。
「え、またですか? いつ復帰されるんですか?」
と訊いても、どの受付女史も「さあー、、、」と頼りない返事をする。
「他の先生にしてください。えーっと、、、謝先生はどう?いい先生よ。」
まるで八百屋か魚屋に買物に行ったような会話になって来る。
謝先生というのもいい先生かもしれない。しかし、ランの時からずっと診てもらっている陳先生には絶大なる信頼があったし、気心も知れていて安心できるのだ。

妊娠、出産というのは女性にとって一大事である。
どこで、どんな医師の助けを借りて出産に挑むかは大きな関心事であり問題だ。理屈より一種、信仰にも似たような精神的依拠となるか否か。ならないと不安定になりがちな妊婦の情緒は乱れる。

陳医師に早く戻って来てほしかった。予定日までいくらもない。今更主治医が変わるのは困る。
本当に困るわ、とリーとも話していたが、あろうことか、陳医師がそれからまもなく、ほんとうに、正式に珂産婦人科を離職したことを知った、というのがこの件の真相である。
だが、未だに陳医師が辞めた理由は明らかではない。
産婦人科を替える気にはなれず、私は真剣に、メイを無事に取り上げてくれる医師を珂産婦人科の中で探さねばならなくなった。
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2009年05月10日

妊娠後期、動悸開始。主治医よ、何処へ。

12月後半、とうとう妊娠による動悸が始まってしまった。
ランがお腹にいた時もあったが、これには悩まされる。安眠しにくくなるからだ。
私はもともと貧弱な体型かつ太りにくい体質だが、妊娠してからも然りで、胎児もほっそり。>< それを散々家族に指摘され、咎められた。
しかし、吐き気、倦怠感、動悸、足のむくみ、極度に疲れやすくなるなど、多くの妊婦が経験する諸々の症状はしっかり現れた。

ランは一歳2ヶ月になる頃。自分のおもちゃで遊ばず、タンスの中の物を出したり、椅子を押して動かしたり、上がろうとしたりする。
その都度私は片付けて回らねばならず、危ないので目も離せず、それでも大きく、重くなって来たお腹で本当にへとへとになった。
だが、出した物は仕舞い、落とした物は拾うと良い、ということがランはわかっているようだ。

珂産婦人科での定期検診がちょうど24日、クリスマスイブと重なった。従来どおり、リーは自宅ー病院間の送迎を買って出た。
その日も超音波で推定体重を診てもらったが、なんと前回から150g増のみ、1788gしかなく、とてもショックだった。予定日まであと2ヶ月ちょっとしかない。言うまでもなく、リーは不機嫌になり、責められる。
その上、主治医である陳医師がお休みで、初めて別の医師に診てもらったことも私の気持ちを暗くした。
だが、それはその日だけのことではなかった。陳医師は珂産婦人科を辞めてしまったのだ。
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2009年05月09日

こんな医者あり?!と、台湾油飯のコト。

12月に入っても台北は20度以上あることは稀でない。
ランの突発性発疹後も続く赤いブツブツと軽い咳は良くも悪くもならないなか、今度は私が風邪をひいた。咳もひどい。また気管支炎ではないかと思うほどつらくなったので、リーの勧めもあり、台北市立和平医院へ行った。
案の定、いわゆる個人医院である「診所」より待ち時間が長く大仕事だ。それに、やっと診察の順番がめぐって来たものの、その初老の医師は聴診器を胸に当てようともせず、私の症状と経過報告にフンフンとうなづき、処方する薬をパソコンに打ち込むだけだった。
私は怒りをぐっと抑え、何も言わなかったが、名医と藪医者云々以前の問題を感じた。日本にこんな医者いたっけ・・・? 
せっかく大きな総合病院へ来たのに、あと味悪い思いで家路に着いた。 

もらった薬は3日分すべて飲み終え、いくらか楽にはなった。
ちょうどその日、リーが「油飯」を会社から持ち帰った。私のかつての同僚でもある阿昌の愛息が満一ヶ月を迎えたお祝いの品である。
ご記憶にあるだろうか。
台湾では赤ちゃんが満一ヶ月になると、親戚やお祝いをもらった知人友人などに日本で言う「内祝」なるものを贈る風習がある。
ランは女の子なので栗のケーキにしたが、阿昌の子供は男の子なので、もち米で炊く油飯だ。
台湾は日本よりもち米を用いる食べ物が多い。
「冷めてるから、チンじゃなくてもう一回蒸し直してよ。」
たしかに再度蒸す方がほっくりしておいしくなるだろう。日本人にすれば赤飯のようなもの。リーの気に入るように蒸してテーブルへ。
久しぶりに私は阿昌と電話で話した。8年の交際を経て結ばれた彼の愛妻とも社員旅行をともにしたことがある。私の大切な台湾の友人夫婦であった。おめでとう!
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2009年05月08日

小児科通い続く。第2子、8ヶ月に入る。

突発性発疹と思われる症状は約10日ほど経て、12月に入る頃にようやく治った。
しかし、ほどなくして、ランには顔や身体に赤いブツブツができたり、咳も時々出るようになった。
それで、かかりつけ医と決めた自宅から5分ほどの小児科へ診せに行く。最初診てもらったのが院長の陳医師(私の産婦人科医と同姓の陳。台湾では陳という姓が最も多いと言われる)だったので、彼の診察担当時間に行くようにしていた。
赤ちゃんはいろいろと体調を崩す。それにランはアレルギー体質なので、そっちの影響かもしれないし、これだと断定は難しいということだった。身辺を清潔に保つよう指示され、塗り薬と飲み薬をもらう。

それから、また10日ほどが過ぎた。
ランは相変わらずでスッキリしない。おかしい、このまま放っておいてよいのか、とリーと私は不安になり、再度幼婦医院へ連れて行くことにした。
結局その大きい病院で診てもらっても、納得、安心できる答えは得られなかったが、深刻な大病を患っているのではないことはわかり、ランの成長やそれに伴い強くなるであろう抵抗力に希望を持ちつつ期待するしかなかった。

お腹の第2子、メイも1600gを超え、まずまず順調に大きくなっていた。8ヶ月だというのに、私はそれほど太らず、お腹も小さかったので、「え?8ヶ月?5ヶ月くらいかと思った。」と言われることはしょっちゅう>< 
(待った!リーの前で言わないで!)
と心中よく思ったものだ。リーが胎児のサイズを気にするのは、ランの時同様、凄まじいものがあった。
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2009年05月07日

看病疲れ。育児ノイローゼを理解する。

高熱は出なくなっていた。下痢は幾分マシになったが続いている。咳はたまに出る程度。
その頃から赤い発疹が顔と上半身にたくさん見られるようになった。
幼婦医院の女医が話した予想される疾患の症状をリーは反芻してくれたが、確かに酷似している。その後、父もメールで彼が調べたランの病気と思われるものの情報を伝えて来た。
それらを分析すると、ランは「突発性発疹」と思われる。4ヶ月〜1歳の子供がかかりやすいとか、6ヶ月〜3歳と書いてある医学書とまちまちだが、とにかくそれらしかった。

発病して6日目くらいから、ランはようやく回復の兆しを見せ始めた。
調子が良くなると、彼女のイタズラも復活、叱っても聞かず、同じ事をくり返すので、私がイライラし、看病疲れでヒステリックになって自己嫌悪・・・・・>< 子育てでひどく悩むママが少なくないとか、育児ノイローゼになる人もいることが実感として理解できるようになったのはこの頃である。

ランの体調はまだ万全ではなかったが、おじやではない普通の白いご飯を食べる練習を始める。市場で買って来た、おへそまで届く大きなよだれ掛けをつけてやる。
案の定、なかなかうまく食べられない。私にも根気が要る。
その週末、リーは珍しく2日とも用事があり、家を空けた。よって、私は外出できず、悶々とする。
あー、外の空気を吸いたい。それか、ぐーっすり眠りたい。
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2009年05月06日

病院で隣人とバッタリ。ラン、今度は赤い発疹。

医師が解熱剤しか出さないのも理解できた。病名が未だつけられないわけだし、高熱は危険だから、これは適切な措置に思う。不安だがそれ以上仕方なかった。
受付や薬局が並ぶフロアを歩いていると、リーが前から来る夫婦に会釈する。なんと、同じマンションの住人、それもすぐ下の階に住む夫婦がランよりまだ少し小さい長男を抱いているではないか。奥さんの方はベトナムから台湾に嫁いで来た人で、時々リーが家でその事を話していた。中国大陸、ベトナム、インドネシアなどからお嫁さんをもらう台湾男性は少なからずいる。外国人との結婚を仲介する業者があるので、そこを通じてご縁があったようだ。その夫婦も私とリーとほぼ同じ年格好と見えた。
聞くと、その男の子も熱を出し、慌てて診せに来たと言う。リーは乗せて帰ろうかと申し出たが、彼らも足があるようで、その廊下で別れた。
幼い子供がいると、本当に心配は尽きない。どこの親もがんばっている。私もオロオロしてる場合ではない、と自分を戒める。

その夜は2:00頃帰宅した。
依然、ランの熱と下痢は続く。私のメールを見た日本の両親も心配して電話をかけてきた。
病院へ行った翌々日、ランの熱はようやく下がり始めた。が、今度は赤い発疹を発見。
「医師が予想した症状にそっくりだな。」
リーは案外冷静につぶやいた。
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2009年05月05日

夜中の高熱。ランを抱き、急診へ。

電話をしたその日、リーが大陸から帰って来た。
だが、ホッとしたのも束の間、日付が変わったばかりの深夜0:30頃、リーがランを抱っこしたまま私を起こす。
「ランが目を覚ましたようだから行ってみると、39.1度あるよ。」
と言う。解熱用の座薬をもらってはいるものの、2人とも不安で仕方ない。ランのそれほどの高熱はもちろん初めてだし、やはり苦しいのだろう、ぐずったり、下痢気味にもなっている。
リーと相談し、「掛急診」することにする。急診で診てもらうということだ。

しばらく迷ったが、時間外でも小児科医が待機している可能性が高いと思われる台北市内の婦幼医院に決める。中国語で「医院」が日本の病院に相当するため、大型医療機関を想像してほしい。
私のかつて通った中国語学校がある地域で、何度かその前を通ったことがあった。
リーのパジェロは疾駆する。夜中なので駐車は楽にできた。
ランを抱きしめ、受付を済ませる。
果たして、小児科医は執務しており、若く聡明そうな女医がランを診てくれた。
採血の結果、白血球などに異常はなく、私たち夫婦とは対照的に落ち着いた女医は看護士に座薬を入れるよう指示した。その時、リーも私もまだ座薬を誰かに入れた経験はなく、今後のために質問しながら要領を頭に入れた。
原因がはっきりしないため、しばらく様子を見ようということになる。出された薬は2種類の解熱剤のみだった。
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2009年05月04日

かかりつけの小児科へ駆け込む。

極力重い物を持たないよう気をつけていたし、実際かなり動きにくくなっていたが、リーは留守中、バイクも車もない。でも、ランを放っておくわけにいかず、私は急いで用意し、タクシーで小児科へ駆け込んだ。
当初、ランを出産した珂産婦人科近くの小児科医院を受診していたが自宅から遠く感じるようになっていた。近所にもたくさん小児科があったので、私がそう感じるようになるのも無理はなかった。
かと言って、一か八かで飛び込むのもコワい。当然、台湾にも腕のいい医者とそうでない医者がいる。

そこで、私たちが選んだのは義弟の子供たちかかりつけの小児科だった。なんでも、義姉の友人の紹介で知ったらしい。
そこなら、バイクやバスで5分かかるかかからないかだし、親戚も通っているという安心感があった。実際に私も医師と会ってみて、とても好感を持ち、予防接種や体調を崩した時はお世話になっていた。
院長である長身で雰囲気のいい男性医師と、ショートカットでハツラツとした女医が交替で診察しており、ランは院長先生に診てもらっていた。

「風邪症候群」としか病名はつけられないようだった。
帰宅後、解熱剤など飲ませたが、翌朝も38.7度の高熱。昨日は喜んで薬を飲んだのに、ランはそれも嫌がる。
私は不安で、朝7時を待って、大陸にいるリーに電話をかけた。
やはり、特に子供のことで心細い時はリーが頼りだった。衝突しても、彼の人間性の清さに対する信頼が揺らぐことはなかったように思う。
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2009年05月03日

リーは大陸へゴルフに。ラン帰宅早々、発熱。

台湾にも「社員旅行」なるものがある。
私がリーと同じ会社で働いていた時、一度だけ参加する機会があり、プーケットへ行った。大きな会社だったので、たしか3〜4班に分かれて行ったのを覚えている。
しかし、その年は趣向を変え、社員旅行の代わりに「一万元支給制度」が採用された。期間が限定され、どこかに出かけたことを証明するもの、たとえば航空券や宿泊したホテルの領収証などを提出すると、一万元を上限に会社が負担してくれるというものだった。

そこで、リーは11月17日から四泊五日で大陸へゴルフへ行くことにした。大陸とは中国のことだ。台湾の人は中国を「ダールー(大陸)」と称する。リーの一番の趣味は釣りだが、ゴルフもできなくはない。気の合う同僚となら、うまい下手は置いといて、良いバカンスになるものと思えた。

リーや義母たちの相談で、四泊のうち3日間はランを義母宅へ預けることになった。私のお腹もそれなりに膨らみ、ベビーカーを押すのもしんどくなっていた。
私はその間、二胡のレッスンへ行ったり、久しぶりに公館へCDを買いに行ったり、やはり寂しく、心配になってランを見に行ったりした。公館とは国立台湾大学のあるにぎやかな学生街で、CD店が多く、種類も豊富に揃っていた。日本人アーティストのものも手に入りやすかった。
20日の朝、ランを義母宅へ迎えに行く。午後、お昼寝から覚めたランを見に行くと、あら? 赤い顔をして、身体中熱い。かなり熱があるようだ。咳もする。私は慌てた。
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2009年05月02日

台湾予防接種事情と、暑い11月。

満一歳を機に、全卵一個を食べてもよし、となったり、水痘の予防接種に行ったりした。
乳幼児諸々の予防接種は、台湾と日本では規定が異なる。
私はそれぞれの国でもらった母子手帳などを見比べながら、必要と思しきものにはきちんと対応した。
台湾では「衛生所」という、日本の保健所か保健センターに相当する公的機関のみで無料で接種可能なもの、保健所と一般の医療機関いずれでも接種できるもの、そして一般医療機関のみで接種すべきものといろいろあった。
いずれにせよ、一般の医院や病院の方が費用負担は大きいが、診療時間が長く、待ち時間も短くて済む最寄りの医院を選ぶ人はいる。うちもそうしたことがあった。赤ちゃんを連れて、連日大勢の人でごった返している衛生所で1時間も2時間も待つのはつらいものがある。ランが風邪をうつされるのも怖かった。

水痘の予防接種に行った際測ったランのサイズは、身長72p、体重8.5kg、頭囲45p。
テレビの中で誰かが手を振ると、それに応えて手を振る。ぺたぺた、ペンギンのように歩く。櫛で自分の少ない髪の毛を梳く。満一歳になったランはそんな成長ぶりを見せた。

その年の11月は暑かった。一度涼しくなっていたのに、再度25度を超える日が続き、私はノースリーブの服を着たり、ソックスを履かずに過ごしたりした。
また、日によって吐き気がひどく、ラン妊娠時同様、悪阻はどうやら出産までおさまりそうになかった。
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2009年05月01日

ラン満一歳の祝宴とお転婆な実態。

ランはだいぶ固形物を上手に食べられるようになった。幼児用の椅子にスポッと座り、口の周りやトレイにたくさんつけたり、こぼしながら食べる。私が近づいて見ていると、頭をなでに来る。「ママ、おいしいよ、うまく作れたね。」とほめてくれているようだ。ピーマン、にんじん、芋類、大根、ほうれんそう、きのこ類、魚に肉、卵などなどくまなく使ったおかげか、今なおランはまったく偏食しない。果物も大好きだ。

立って、歩き始めて約10日後、ランは晴れて満一歳の誕生日を迎えた。
その日はちょうど土曜日だった。近くに住む親戚をレストランに招待し、満一歳の祝宴を開いた。十数人が集った。
満一ヶ月を「満月(マンユエ)」といい、かなり大掛かりに祝うと書いたが、その時にも食事の席を設ける家庭もある。うちはちょっと高級なケーキを配っただけだった。
華やかなことがあまり好きではないリーと私は、もともと一歳の誕生日も慎ましやかに過ごすつもりだったが、すぐ近所に住む、ランとほとんど時期を同じくして生まれた従妹の家族が、一回宴を開いてはと持ちかけてきたため、重い腰を上げたのだった。

ランの行動範囲はどんどん広がり、タンスの中のものを全部出したりしてお転婆ぶりを発揮しだした。差し出したものの味が薄すぎると嫌がったり、「もしもし」と言うと、右手を耳にあてて電話するポーズをとる。
生まれてたった一年なのに、こんな知恵がつくものなのだ。

どうしたものか26度まで上がり、夏が再来したような陽気で11月が始まった。
posted by マダム スン at 05:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 第2子出産も台湾で | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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