まず、義父を思い出すたびに泣けてくるし、リーや他の親族が実家に行けと言えば、ランの粉ミルクや紙おむつ等用意して、おい紐でランを胸に抱き、15分ほどかけて歩いて実家へ帰った。まだ軽いランではあったが、4月半ばといえども気温は30度前後まで上がるようになり、15分も歩けば汗ばんで結構疲れた。国際免許証を取得していないため車の運転はできないし、自転車もバイクも持っていない。歩くしかない。バスに乗るにも近過ぎるという距離だった。
実際、ふだんは徒歩で事足りた。自宅マンションは便利な場所にあるし、台北の交通事情を見れば、怖くて運転したいとも思わなかった。
寒がりな私が暑いのだから、ランも同じだろう。彼女にとっては生まれて初めての夏、高温である。汗をべっとりかくし、いつになく夜中ぐずって私を起こす日が数日続いた。咳もする。食欲も落ちた。
義母宅へしょっちゅう帰り、おおぜいにかわるがわる抱っこされ、そこで風邪をもらったのかもしれない。
私はランを出産した珂産婦人科そばの小児科へバスに乗って行った。入院中、その医師が新生児室に毎日往診に来ていたので、近所にある小児科より親近感があった。
ランは風邪と診断され、薬をもらって帰る。こんな風邪は初めてで、新米ママの私は心配で心配で気分が晴れない。あのランが笑わないのだ、、、、、
ランはうつぶせになるのがおもしろいらしく、すぐコロリ。しかし、うつぶせの姿勢から仰向けには戻れず、そのうち泣いて私を呼ぶ。
それから、もうランを私のベッドに寝かせるのはやめねばならない。動きが大きくなり、私がキッチンへ行ってる時、ドンッ!!! ベッドから落ちて大泣き、私も卒倒するほど驚き、心配した。
そんなこんなの初夏のような4月中旬だった。義父は私たちの結婚記念写真を手に取ることなく永眠した。ようやく出来上がった額入り写真は、夫婦の寝室の白い壁に掛けられた。