口に入れると、見た目に劣らぬ美味で、まだ惑う気持ちと裏腹に結局全部食べてしまった。旅先で体調を崩す不安は小さくはないが、どうしようもなかった。
あまり長くホテルで休んでいてはもったいないと、2時間ほどでまた外出することにした。ずっと気になったが、ついに炎天下の鶏はおとなしく私の胃と腸に収まり、取り越し苦労と美味の余韻だけを残した。
細々と続けていた中国語を恐る恐る使ってみたが、カタコトの日本語を話せる人が多く、会話はなんとか成立したので、私の中国語が通用するものか否かの判断は難しかった。ただ、総じて人々は親切でやさしく、食べ物はおいしく安く、明るい太陽と暖気に心身ともに和む台湾に大いに好感を持った。
ホテル近くの道路を歩いていた時だったと思う。いいなあ、台湾。こんな地で中国語を勉強してみたい。そうだ。よし、ここに来よう。ここで中国語を勉強しよう。そう思い、決めた。
決めると行動は速かった。日本に帰り、約半年後には、国立台湾師範大学にある国語教学中心から入学を許可する航空便が届いた。提出していた大学卒業証明書に成績証明書、2名の推薦書、預金残高証明書、健康診断書などの書類診査を通過し、9月からの授業に参加することを認められたのだった。